2026年07月27日

鎌田信之さんを偲びながら「鎌ちゃん、ありがとうございました」

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7月23日 午後9時59分
映画「アオギリにたくして」制作委員のメンバーの一人だった
鎌田信之さんが永眠されました。

昨夜、しげ兄さんと共に
お通夜に行ってきました。

ぴ〜ちゃん(西村朋恵さん)が
お花の手配をしてくださり
大変ありがとうございました。

とっても安らかで
天使の寝顔のようでした。

余命宣告を受けてホスピスに入り
最後に、鎌ちゃんのお店のスタッフが
一人一人「ありがとう」を伝え終わると
目を閉じたまままの鎌ちゃんの涙が
あふれ出たのだそうです。

「きっと聞こえたんだね」

鎌ちゃんをよく知る方からお話を聞かせていただき
みんなに愛されて旅立った鎌ちゃんを想い
涙があふれました。

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「いのち」をテーマに音楽・映画・出版・表現の場づくりを目指して船出した弊社ミューズの里のオフィスは、
下北沢の鎌ちゃんのヴィンテージショップから歩いて15分程のところにありました。

当時、新たな事業として新宿御苑の友人のインドカレー店の夜の時間帯を
ライブレストランに切り替えていくことになり
ライブの店として認知してもらえるまでが何より大変ではありましたが
ミューズの里のテーマの一つだった「表現の場づくり」に向けて
チャレンジする経験を得た日々に感謝しています。

交通費節約のため、自転車で通える範囲内にオフィスを探していた時
下北沢で鎌ちゃんと再会!下北の魅力を鎌ちゃんから聞いて
その近辺で一番家賃が安かった物件を探し
小さなアパートの一部屋からのスタートでした。

オフィスが狭すぎて
スタッフが入りきらないので
鎌ちゃんのオフィスを借りて
ミーティングさせてもらったりもしました。

鎌ちゃんおすすめのアンティーク蓄音器で
みんなで聴いたレトロな響きが
昨日のように思い出されます。

映画制作で一番大変だった頃は
下北にいたことでずいぶん心が救われました。

ライブカフェの夜のブッキングライブを終えて
夜行バスに飛び乗って広島に行き、営業やロケハンを終えて、また夜行バスで戻ってくる日々。

下北に何年かいたけれど、ほとんどお店に入ったことなくて
来客がある度に、鎌ちゃんのお店の前にテーブル出してもらって
皆さんとお話しさせていただきました。

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▲写真は2017年、大阪・十三の映画館「シアターセブン」支配人の福住さんを迎えて鎌ちゃんのお店の前で皆さんと一緒に。このお写真を撮影してくれた木村梨緒さんと昨日の鎌ちゃんのお通夜で再会!あの時はまだ学生さんでしたが、今は表参道で美容師として活躍しています。9年ぶりの再会でした!懐かしくって、嬉しくて、ありがとう!!

映画制作の資金づくりをしながら
生きた心地のしない毎日でもありましたが
必ずできると信じて初心を貫き
奇跡的に完成しました。

何にも買えなくて貧しくても
ちっとも惨めじゃなくて
それはきっと、鎌ちゃんが下北にいてくれて
鎌ちゃんが愛したあの頃の下北がそこにあったからなんだよなって
つくづく思います。

そういえば、しげ兄さんの音楽教室も!
最初は鎌ちゃんの下北の家の一室をお借りしてスタートしました。
鎌ちゃんは、しげ兄さんのギター教室の生徒さんの最初の一人でもありました。


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今も、ふと皆で下北に立ち寄りたくなるのは
そこに鎌ちゃんがいたからでした。

鎌ちゃん、まだ67歳なのに
みんなをおいて逝ってしまうなんてひどいよ!早すぎるよ!戻って来てよ!って文句を言いたい気持ちにもなります。

悲しいです。寂しいです。

でも、それは私たちのわがままな思いでしかなくて
きっと鎌ちゃんは、精一杯やりきったんだよね…

くる日も来る日も
黙々と働いていた
鎌ちゃんの姿が目に浮かびます。

鎌ちゃん
心から、ありがとうございました。
本当に、ありがとうございました。

心よりご冥福をお祈りいたします。
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posted by ぷらっとハッピー at 13:00| 東京 ☁| 映画『アオギリにたくして』・アオギリ祭り | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする