2026年07月02日

「砂川平和ひろば」福島京子代表からのメッセージ「被爆アオギリと歩む平和の道 ― いのちの音色LIVE」

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長崎に原爆が投下されて81年となる8月9日、日本反核法律家協会の大久保賢一会長のご講演「核兵器も戦争もない世界は可能だ!!」と共に「いのちの音色」Liveが立川市砂川学習館にて開催されます。

プロフィール
大久保賢一先生(日本反核法律家協会 会長・弁護士)
           
1947年長野市生まれ。東北大学法学部を卒業後、法務省に入省(人権擁護局等に勤務)。1979年、弁護士登録(埼玉弁護士会)。現在、日本弁護士連合会憲法問題対策本部核兵器廃絶部会部会長、NPO法人ノーモア・ヒバクシャ記憶遺産を継承する会副理事長、核兵器廃絶日本NGO連絡会共同代表などを務める。近著に『「原爆裁判」を現代に活かす――核兵器も戦争もない世界を創るために』『「核兵器も戦争もない世界」は可能だ』(日本評論社)

大久保賢一先生のご講演のあと、「いのちの音色」Liveにて中村里美(Vo.)と 伊藤茂利(Gt.)が出演させていただきます。

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この度のイベントを主催してくださった立川市社会教育団体「砂川平和ひろば」福島京子代表に心より感謝いたします。

福島京子代表から皆さまへのメッセージを下記にシェアさせていただきます。

被爆アオギリと歩む平和の道 ― いのちの音色LIVE

<砂川平和ひろば代表 福島京子>

今年は敗戦から81年、そして広島・長崎の原爆投下からも81年を迎えました。1946〜1958年、アメリカはビキニ環礁で核実験を行い、1954年の水爆「ブラボー」実験では第五福竜丸をはじめ多くの日本漁船が「死の灰」を浴び、乗組員の深刻な健康被害や海洋汚染を引き起こしました。久保山愛吉さんが半年後に亡くなったことは、今も重い記憶として語り継がれています。

その翌年1955年、米軍立川基地の拡張に反対する砂川町基地拡張反対同盟の闘いが始まりました。同じ年、ビキニ事件を契機に広がった原水爆禁止運動の中、広島で第1回原水爆禁止世界大会が開かれ、砂川からは婦人会会長の砂川ちよさんが参加し「反核・反基地は共に闘うべき」と訴えました。この声は大会のスローガンとして受け継がれ、全国へと広がっていきます。

2015年、砂川平和ひろばが開催した「砂川闘争60周年現地集会」では、広島から「被爆アオギリ二世」の苗を取り寄せ、かつて拡張予定地だった場所に参加者と共に植樹しました。11年を経た今、アオギリは幹の直径15pにも成長し、砂川の大地にしっかりと根を張り、かつては米軍機が、そして今は自衛隊ヘリが飛ぶ空へ向かって力強く枝を伸ばしています。その姿は、平和を願う人々の思いを静かに語りかけているようです。

唯一の被爆国でありながら核兵器禁止条約に参加せず、非核三原則が揺らぎ、武器輸出も始まる現在の日本。さらに福島原発事故による核汚染の現実も抱えています。1955年に被爆者5名が起こした「原爆裁判」の資料は、日本反核法律家協会に託されました。

このたび、同協会会長・大久保賢一弁護士のお話と共に「いのちの音色LIVE」を開催します。長崎原爆の日である8月9日に、あらためて「核」について共に考える時間としたいと思います。皆さまのご参加を心よりお待ちしております。
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posted by ぷらっとハッピー at 19:25| 東京 ☁| ライブ&映画「いのちの音色」 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする