2025年12月19日

人生の原点となった「ネバーアゲインキャンペーン」

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広島の中国新聞の小林記者より「ネバーアゲインキャンペーン」についての取材を受けコメントさせていただきました。

39年前のネバーアゲインキャンペーンでの体験は、私にとっての人生の原点です。

初プロデュース映画「アオギリにたくして」のモデルとなった被爆者の沼田鈴子さんと初めてお会いしたのも「ネバーアゲインキャンペーン」の事前学習で広島を訪れた時のことでした。

現在1000回ライブを目指して歌と語りでヒロシマ・ナガサキを伝える「いのちの音色」ライブ公演を行っていますが、「いのちの音色」という名前は「ネバーアゲインキャンペーン」で訪れたアラスカの青少年更生施設で、「ヒバクシャに伝えて」と少年から託された詩をもとにつくった歌でした。あれから39年の月日が流れた今、改めて感じる様々な思いと共に、お世話になった被爆者の方々のメッセージをこれからも伝え続けながら「いのちの音色」を歌い続けていきます。思いやりと優しさのある世界が広がっていくことを祈りながら…

「ネバーアゲインキャンペーン」がなければ、映画をつくることもなく、ライブもしていなかったであろうことを思う時、改めて貴重な体験をさせていただいたことに感謝しながら、北浦さんはじめお世話になった全ての関係者の皆さまに改めて心より深く感謝いたします。



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posted by ぷらっとハッピー日記 at 02:35| 東京 ☀| ライブ&映画「いのちの音色」 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする