広島流川教会での歌と語りでヒロシマ・ナガサキを伝える第300回「いのちの音色」ライブに、立花ご夫妻がご来場くださいました。心より感謝いたします。
アメリカの学校や教会で、日本文化紹介と共に原爆映画を上映し被爆者のメッセージを伝える「Never Again Campaign」(1985〜2011年)の事前学習で広島を訪れた1986年から立花志瑞雄さんに大変お世話になっています。その頃にお世話になった被爆者の方々が年々亡くなっていく中で、何かせずにいられない想いからスタートしたのが「いのちの音色」ライブでした。最初の一歩から見守り、ずっと応援してくださっている立花ご夫妻に改めて心より深く感謝いたします。
立花ご夫妻のお家にホームステイさせていただきながらの初めての広島ライブは、2009年のことでした。「原爆の子の像」が出来るきっかけとなった佐々木禎子さんの通っていた幟町小学校の折り鶴集会でのライブが第3回目でした。
そしてその時の広島で、立花ご夫妻と共にアオギリの語り部と呼ばれた被爆者の故沼田鈴子さんと再会しました。東京に戻ると、沼田鈴子さんから被爆アオギリの種から育った苗が届きました。その小さな苗を見ながら作詞・作曲した「アオギリにたくして」という歌と共に、被爆アオギリに託された想いを国内外で伝えながらのライブ行脚を続けていました。
2011年7月、広島女学院大学でのライブを終えて、沼田鈴子さんが被爆された場所を訪れた後、広島市役所での記者会見に向かうと、記者の方から沼田さんが亡くなったことを知らされました。立花ご夫妻のご配慮で、病院から葬儀場に運ばれた沼田鈴子さんと一緒に、他に誰もいない部屋で、ご夫妻としげ兄と4人でしばらく時を過ごしました。
その翌年2012年から、何かに突き動かされるように映画「アオギリにたくして」の製作に突入し、ただただ無我夢中だった日々…
来年の夏で沼田さんがご逝去されてから15年となります。
あっという間の15年ではありますが
この間の様々な体験を通して、被爆者の方々と交した言葉に込められていた想いを、より一層身にしみて感じるようになりました。
戦後80年夏を目指していたドキュメンタリー映画「いのちの音色」の完成を成し遂げることができませんでしたが、 たずさわるみなさんにとっての心と体に無理のないリズムで進みながら一歩一歩進めてまいります。そして、与えられた命の時間を大切にしながら、これからも一つ一つのライブに平和の祈りを込めて1000回ライブを目指します。
しげ兄さんの厳しい抗がん剤治療が続く中で
もう広島まで行くことはないだろうと話していただけに
この度の広島訪問は特別な思いでした。
そして今
また広島に行こうね!
と話しています。
いろんな奇跡の中で
生かされていることに感謝しながら
いのちの音色を奏でていきます。
いつも見守り祈っていてくださる立花ご夫妻に改めて心より感謝いたします。
みっちゃんもみっちゃんダーリンもくれぐれもお体を大切になさってください✨
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