戦争が終わって80年…
私が初めて戦争体験者の方からお話を聞いたのは戦後40年の時でした。
あれからさらに40年の歳月が流れ
この間、戦争体験や被爆体験をお話ししてくださったほとんどの方々が亡くなられています。
その悲しみの中から2008年にスタートした「いのちの音色」ライブや映画づくりなどを通して、微力であっても直接お話を伺わせていただくことのできた世代として、今自分たちにできることを果たしていきたいと思います。
8月15日は、猫の命くんの誕生日でもあります。埼玉県の川口の草むらで兄弟たちと遊んでいる時に保護された命くんは、5年前にミューズの里にやってきました。
▲5歳になった命くん
野良猫だったので正確な誕生日はわかりませんが、生後4か月ぐらいだった命くんの誕生月はたぶん8月頃だろうと保護された里親の会の方が言っておられたので、「ずっと戦後であってほしい」という願いも込めて、命くんのお誕生日を8月15日に決めました。
小学生の頃、担任の先生が絵本「猫は生きている」を授業の最後に何日かに渡り読み聞かせてくださいました。東京大空襲の中を野良猫の親子が生き延びる姿が描かれていました。「戦争は絶対に嫌だ」と強く思ったのを覚えています。
太平洋戦争末期に原爆を含む大規模空襲があった107自治体が把握している空襲の死者数は約38万7000人。 私が暮らす東京への大空襲では、およそ300機の米軍のB29爆撃機により焼夷弾33万発が雨のように降り注ぎ、一夜にして約10万人の命が失われました。焼失家屋は27万戸に達し、焼け出された人は100万人にのぼると言われています。
命くんが保護された川口も、太平洋戦争初期の1942年(昭和17年)4月18日にアメリカ軍のB2爆撃機による「ドーリットル空襲」で被害を受けていました。真珠湾攻撃から4か月後の日本本土への初めての空襲でした。
太平洋戦争では、軍民あわせて日本人の犠牲者数は310万人(軍人・軍属が約230万人、民間人が約80万人)、アジア太平洋地域全体での犠牲者数は2,000万人以上といわれています。
人間がひき起こす戦争によって失われ傷ついた動物や植物などあらゆる命について思いを馳せながら、5歳になった命くんの誕生日を祝いました。
戦争をくい止めるために、どう生きるべきなのか?
生きている限り自問自答し続けながら、どの様な状況下にある時も平和を願い、微力であっても今自分にできる平和への取り組みを続けながら生きていきたいと強く思います。
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