2025年07月23日

被爆者の上田紘治さんが朗読に初挑戦!南大沢文化会館交流ホールにて「いのちの音色」ライブ♪

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大変お世話になっている被爆者の上田紘治さんの主催による、歌と語りでヒロシマ・ナガサキを伝える中村里美&伊藤茂利「いのちの音色」ライブ公演が 八王子の南大沢文化会館交流ホールにて開催されました。

3歳の時に広島で被爆された上田紘治さんのご講演の最後に、上田さんが「原爆許すまじ」をオカリナで奏で、しげ兄さんがサポートギターで共に出演させていただきました♪

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この日に備えて、上田さんの被爆体験の聞き取りをさせていただいて台本におこし、何度かご自宅に伺ってみんなで朗読の練習をしてきました。

いよいよ本番!

「いのちの音色」ライブの朗読シーンで上田さんにご登場いただき、ご自身の被爆体験の朗読をしてくださいました。

1945年8月6日、原爆が広島に投下された時、上田さんは、爆心地から400m以内で、広島平和記念公園の中にありました。ご両親は、衣類などの繊維製品の卸問屋を営んでいましたが、戦争に役立たない平和産業とのことで家業はは取り潰され、お父様は軍隊に招集されて中国に出兵していたため、10キロ離れたお母様の実家に疎開していたことで一命を取りとめました。何より驚くことは、3歳で被爆の時に被爆された上田さんが18歳まで広島で暮らしていた中で、家でも学校でも一度も被爆の話をしたことがなかったということです。敗戦後、プレスコードがひかれ、特に原爆に関する報道が厳しく規制されていたこともあったからか、広島にいた頃に周りの大人たちが原爆院ついて語るのを一度も聞いたことがなかったということです。3歳で被爆し、当時の記憶を持たない上田さんが、自分が被爆者であることを認識し始めたのは、原爆投下から37年もの月日が過ぎた1982年のことでした。

今、83歳の上田さんが、戦争のない核兵器のない世界をつくるために全力で立ち向かう姿から、いつも刺激を受けています。様々な困難を日々乗り越えることがやっとな毎日ではあっても、めげることなく、諦めることなく、前に進んでいく勇気をいただいています。

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上田則子夫人と石塚佐和子さんが手話歌でご出演くださり、とっても素敵でした〜♪ 加藤様とファインの会の鈴木様と倉澤様に大変お世話になり、本当にありがとうございました。ジョージアから帰国された原様がご来場くださり、お会いできてとっても嬉しかったです。

暑い中、会場まで来てくださった皆様、本当にありがとうございました!!

Seeds of Peace!
平和の種を世界へ〜♪
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posted by ぷらっとハッピー日記 at 19:58| 東京 ☀| ライブ&映画「いのちの音色」 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする