2024年11月18日

㊗日本反核法律家協会創立30周年おめでとうございます!

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㊗日本反核法律家協会 創立30周年おめでとうございます!
広島弁護士会館で開催された11/16記念イベントのトークリレーにギタリストの伊藤茂利と共に参加させていただきました。核兵器や戦争のない平和な世界をつくるために、さまざまな形で活動されている皆様のお話に大変感銘を受けました。

大久保賢一会長、内藤雅義副会長はじめ関係者の皆様に大変お世話になり心より深く感謝申し上げます。

初プロデュース映画「アオギリにたくして」を制作するにあたり、依頼した外部の映画スタッフがヒロシマ・ナガサキの実相を知らないことに強い不安を途中から感じ始めた私は、共にプロデューサーを務める伊藤茂利と共に、原爆症認定集団訴訟全国弁護団長で日本反核法律家協会前会長の当時ご存命だった池田眞規弁護士のところにご相談に伺わせていただきました。池田弁護士より現会長の大久保賢一弁護士と相談するようアドバイスいただき、大久保賢一先生に「アオギリにたくして制作委員会」にお名前を入れていただけることになりました。

思えば池田弁護士には、38年前にアメリカの学校や教会でヒロシマ・ナガサキを伝えるボランティア活動に参加した時からお世話になりました。日本被団協の伊藤直子さんと共に大久保賢一弁護士が歌と語りでヒロシマ・ナガサキを伝えるライブに始めてくださり、映画をつくり始めた頃には、いったい今度は何を始めるんだと周り中が呆れている中で、陰からずっと見守ってくださいました。配給会社の全国映画センター理事で映画製作もされてきた舟橋様をご紹介くださり、制作のアドバイザーとなっていただきました。制作に入る前からずっとご指導いただきご相談しながらの日々でした。ことある度に何度舟橋さんの携帯電話にお電話したことでしょう…。ご出演者の斉藤とも子さんをご紹介くださったのも大久保賢一先生でした。内藤雅義弁護士、佐々木猛也弁護士にもご挨拶に伺わせていただき、大変お世話になりました。初の映画づくりで幾多の困難を乗り越え、一つの映画が出来上がるまでの様々な日々が思い出されました。皆様のお力なしに映画が完成することも、そしてその後の上映活動を経ての今もありませんでした。本当に心より改めて心より深く感謝申し上げます。

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ワールド・フレンドシップセンター理事長の立花ご夫妻と
いつも応援してくださっている柏原省治様もご来場くださり
井上博記さんが懇親会でのライブ機材の搬出入やアテンドをしてくださいました。
心より感謝申し上げます。

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会場では、映画『アオギリにたくして』に母親役でご出演くださった
女優の斉藤とも子さんと久々に再会できて大変嬉しかったです。

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皆様に大変お世話になり、本当にありがとうございました。
心より深く感謝申し上げます。


大久保賢一会長からのご感想が本日届きました。
シェアさせていただきます🙏


核兵器廃絶のために、今、私がしていること。これからしたいこと。

大久保賢一(日本反核法律家協会会長)

はじめに
「核兵器廃絶のために、今、私がしていること。これからしたいこと」は、日本反核法律家協会創立30年記念イベントでのリレートークのテーマです。私たち協会は1994年8月に、被爆者支援と核兵器廃絶を目的として設立されました。初代会長は松井康浩弁護士でした。その後、2011年の福島原発事故を受けて「原発廃止」も目的としました。創立以来、国内外の反核平和運動の人たちと交流してきました。特に、この8年間は「朝鮮半島の非核化」をテーマに意見交換会を開催してきました。今年もそのテーマでとも思いましたが、来年被爆80年を迎えるので、核兵器廃絶のために運動している様々な人にリレートークをしてもらうことにしたのです。核兵器廃絶の運動は被団協をはじめ原水協などの伝統的な運動体もありますが、むしろ、それぞれの想いで活動している人に話をしてもらおうと試みたのです。持ち時間は10分ということにしました。NHKの「時論・公論」や「視点・論点」などの例にならったのです。

多彩なスピーカー
 発言者は次の13名でした(予定していた平岡敬元広島市長は体調が悪くて登壇できませんでした)。最年長は87歳の英語で被爆体験を語る小倉桂子さん。最も若いのは盈進中学高校のヒューマンライツ部の生徒たち。女優の斉藤とも子さん、詩人のアーサー・ナードさん、歌手であり映画プロデューサーの中村里美さん。元外交官の小溝泰義さん、韓国の弁護士崔鳳泰さん、反核医師の会の原和人さん。カクワカ・ヒロシマの田中美穂さん、第5福竜丸展示館学芸員の市田真理さん、ANTヒロシマの渡部朋子さん、核廃絶日本キャンペーンの浅野英男さん、非核の政府を求める会富山の渡邊眞一さんです。
皆さんのスピーチはそれぞれの体験に基づく反核の想いを込めた素晴らしいものでした。普段は口うるさい弁護士たちも何人か参加していましたが、その彼らが「話を聞いていて泣きそうになった」、「涙がにじんできた」、「泣いてしまった」などと言うのです。私もその一人でした。参加していたNHK関係者からは「皆様の素晴らしいお話をうかがい実りある時間でした」、「多様な方々、とりわけ若い世代の反核の取り組みが広がっていることが喜びとともに学びとなりました」などという感想が寄せられています。

寄せられたメッセージとご挨拶
 ポーランドやカザフスタンの反核法律家、被団協、青法協、ノーモアヒバクシャ記憶遺産を継承する会、原水禁などからのメッセージが寄せられました。被団協の田中熙巳代表委員からはビデオメッセージを寄せてもらい、広島の被団協関係者、参議院議員で非核の政府を求める会常任世話人のの井上哲士さん、ICANの川崎哲さんからはリアルでのご挨拶をいただきました。田中熙巳さんは「発言者の中に、被団協のメンバーがいない」と言っていましたが、主催者としては「被団協の活動を継承する決意を持っている人たちを選択した」ということだとご理解いただければと思っています。このイベントは、被団協のノーベル平和賞受賞よりも前に企画したものでしたが、受賞によって「錦上花を添える」ことになったと思っています。ノーベル賞受賞団体のICANおよび被団協の双方からご挨拶をいただけたことは本当に光栄でした。

主催者の想い
 私は主催者として次のような挨拶をしました。
今年は私たち協会が発足して30年になりますが、今年ほど、うれしいことがあった年はありません。まずは、被団協のノーベル平和賞受賞です。被爆者支援と核兵器廃絶をめざす私たちも被団協に伴走してきました。被団協の平和賞受賞はまさに「同志」の受賞として心からうれしいことでした。
また、NHKの朝ドラ「虎に翼」では「原爆裁判」が丁寧に取り上げられました。松井康浩初代会長が残してくれた裁判資料が大いに役に立ったことをうれしく思っています。
これらのことは私たちに大きな励ましと勇気を与えてくれています。けれども、世界にはまだ核兵器は存在していますし、被爆者を含む戦争被害者の救済も不十分です。
来年、被爆80年を迎えます。ノーベル委員会は「今日、核兵器使用に対するこのタブーが圧力にさらされている」としています。核兵器使用の危険性が高まっていると警告しているのです。また、「被爆者はわれわれの前からいなくなる」ともしています。私たちは核兵器廃絶を「自分事」として実現しなければならないのです。
今日は、様々な世代の様々なポジションでたたかっている方たちにスピーチをお願いしています。限られた時間ですが、ぜひ、それぞれの想いを語っていただいて、一刻も早く「核兵器のない世界」を実現したいと思っています。
私たち日本反核法律家協会も「原爆裁判」を提起した先輩たちに思いを馳せながら、引き続き市民社会の一員としての役割を果たす所存でいます。

むすび
 来年被爆80年です。まだ、世界には約12200発の核兵器があります。「核戦争は戦ってはならない」と言われていますが、核兵器に依存しての国家の安全をいう勢力が政治権力を握っています。彼らは核兵器を「平和の道具」だというのです(核抑止論)。核兵器という「悪魔の兵器」に命と安全託すという「最悪の集団的誤謬」からの脱出が求められているのです。私たちの手には、既に、核兵器禁止条約という国際法の枠組みと日本国憲法という「核の時代」の非軍事平和規範があります。それらは最大限活用し、核兵器も戦争もない世界を実現しなければならないのです。そのための主体的力は、間違いなく、市民社会の中で育っています。「市民社会は歴史の竈である」(マルクス)という言葉を実感することのできるリレートークでした。ご協力、ご尽力いただいた皆さん。本当にありがとうございました。(2024年11月18日記)

posted by ぷらっとハッピー日記 at 20:31| 東京 ☀| 映画『アオギリにたくして』・アオギリ祭り | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする