被団協のノーベル平和賞受賞に
これまでお世話になった方々のことが思い出され
数日たった後も ふと涙があふれます。
30年以上にも渡り大変お世話になり、被爆者と共に生きた伊藤直子さん(日本被団協被爆者中央相談所元相談員/日本被団協元事務局員)が2016年11月3日に、その10日後に日本反核法律家協会前会長・原爆症認定集団訴訟全国弁護団長をつとめられた池田眞規先生が亡くなりました。
▲1985年、池田眞規先生と被爆者の方のご自宅にて
▲伊藤直子さんと被爆者の西本多美子さんと共に。ライブと上映の後、石川県金沢に植樹された被爆アオギリ2世を訪ねて
お二人は被爆者ではありません。
けれど、お二人がいなければ
私が被爆者の方々と深く繋がることはありませんでした。
もうすぐ命日が来るので
写真をオフィスに飾ってご報告しようと
ブログを読み返していると、あれから8年の歳月が流れていました。
伊藤直子さん、池田眞規先生からいただいた たくさんの想いを胸に…
https://nakamurasatomi.seesaa.net/article/444455947.html
直子さんと池田先生が亡くなってすぐ
共に映画や音楽活動をしている弊社の伊藤が体調を崩し
2ヶ月後に緊急入院となりました。
その後の慌ただしい日々の中で
何もご恩返しできなかった自分の至らなさを思い
また涙が流れます。お二人への深い感謝とともに…
2011から始まった映画製作の現場は
常識をはるかに超える、生きるか死ぬかの日々でもありました。
さらに完成後も…この8年は、一歩進んでは二歩下がり
前に進もうとすればするほど後ろに下がりながら
人生の中で最も辛く厳しい時でもありました。
現実社会を生きれば生きるほど その中で目にする人間の実相に、「人間が生きている限り戦争をなくすことは出来ないだろう」などと思いそうになってしまう自分の気持ちとの闘い。人間不信、絶望感、トラウマを乗り越えて、ギリギリの中で自らの平和への想いを保ち、ようやく立ち上がるまでの道のり。どん底にあった時に救いとなったのは、魂に刻まれた被爆者の方々の言葉や生き様を通して示してくださった平和を愛する皆さん姿でした。そして今、この苦しみの中からしかきっと見えてこなかったであろう社会、人間、人生、命、自らについてを経験できたことにも深く感謝しています。
世界終末時計は、2年連続過去最短で残り90秒。
ウクライナや中東の戦闘に核兵器が影を落とし
核兵器を使用する可能性が高まる中で
この度のノーベル平和賞の意味を想いながら…
ただ世の中を憂うことなく
たとえ小さくとも常に
自分にできることは何かを考えながら
お世話になった被爆者の方々のメッセージを
これからも伝え続けていきます。
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