30年以上に渡り、ずっと応援し続けてくださった大川須美さんのご逝去の報に接し、悲しみに絶えません。
大川さんは、ミューズの里を設立した2008月8月6日からスタートしたヒロシマ・ナガサキを伝えるライブ活動の生みの親でもあり、また映画『アオギリにたくして』『かけはし』上映活動に力を注いでくださりながら、現在制作中の映画『いのちの音色』の完成を楽しみにしてくださっていました。
この夏に発行した「MUSE VOICE」創刊号に掲載させていただいた大川さんの文章を読み返しながら、大川さんの深く強い平和への思いを噛み締めています。
平和を愛し、平和をつくっていく強い意志を持つ人々の力によって、戦後の日本がどれほど守られていたかを大川さんのお姿から強く感じてきました。
たくさんの思い出がありすぎて、思い返すたび、涙が止まりません。
大川さんが次世代に伝えようとされていた「いのちの尊さ」「平和の大切さ」への思いを受け継ぎ、これからも大川さんが応援し続けてくださっていた映画や音楽・本づくりを通して希望と平和の種をまき、心豊かな世界が広がっていくことを願いながら、全力を尽くして参ります。
▲「 MUSE VOICE」創刊号に掲載された大川須美さんから寄せられた文章より▼
「生きている間に、一つでも、二つでも‥‥」
文:大川須美
元CAN( Cry Against Nuclear Weapons)メンバー
映画『アオギリにたくして』制作委員会メンバー
風船爆弾づくりの女学校時代
1929年生まれの私にとって、2歳の時には満州事変、8歳(小2)の時には支那事変、そして12歳(小6)の時にアメリカやイギリスを敵にする第二次世界大戦が始まりました。食料も日用品も不足し、配給制になり、あちらもこちらも出征兵士の家となり、ついに近所に若い男性の姿はほとんど見かけなくなってしまいました。私たちの女学校(現中学・高校)もいろんな作業に駆り出され、次第に授業は出来なくなりました。「勉強しなくてはいけない時に、これでは困ったものだ」と親は嘆いていましたが、それも大きい声で言っては憲兵に引っ張られてしまうことを覚悟しなければいけない時代でした。
とうとう学校が工場の様になってしまって、私のクラスは紙風船をつくる作業に没頭しました。それは、淡い水色の厚い和紙を張り合わせて、大きな紙の風船をつくり、それに爆弾をぶら下げて、茨城や千葉の海岸から偏西風にのせてカリフォルニアへ飛ばすというものでした。原爆の時代に何というメルへンチックな武器でしょう。先日、明治大学内の資料館で、当時の資料と対面して感無量でした。
東京・横浜・大阪など大都会に続き、次第に地方都市にもB-29型の爆撃機が来襲し始め、ついに私が生まれ育った高知市も終戦1カ月程前に爆撃を受け、市街の大部分が焼け野原になり、学校も私の家も失われました。誰もが厭戦気分で、どんな形であれ戦争が終わった時にはほっとしたものです。
その後、田舎の疎開地に分校がつくられ、何とか授業も再開しました。親は家の再建などさぞ大変だったと思いますが、家族に死者が出なかっただけ、苦しみは小さかったのです。私など親の翼の下で、物はなくても戦後の自由を満喫しました。
2人のため世界はあるの?!
その後結婚し、戦災を受けなかった神奈川県鎌倉市で平和な暮らしを当然のごとく享受し、4人の子どもを育て上げました。
そんな私が自らの生き方にふと疑問を覚えたのは、長男の結婚式でのことです。当時、佐良直美の「世界は二人のために」という歌がはやっていて、会場でも歌われました。サビの部分で「二人のため 世界はあるの」と繰り返され、まるで2人が愛し合っていれば他には何の問題もないという内容の歌詞に、突然言いようのない違和感を覚えたのです。
「いくら2人の間に愛情があっても、属する社会が平和でなければ、そこに幸福など成り立つはずがないのに」
ふいに戦時中のことが思い出され、気持ちが沈みました。
「私はそのことを、子どもたちにちゃんと伝えてこなかったのではないか。何も伝えぬまま何十年も戦後を生きてしまったのではないか」
祝福に包まれ、おめでたいはずの息子の結婚式の最中にも関わらず、私の心は後悔でいっぱいになりました。
原爆映画『にんんげんをかえせ』と沼田鈴子さん
その後しばらくして、新聞でCAN(Cry Against Newclear Weapon)というヒロシマ・ナガサキを世界に伝えるボランティアの集まりの記事を見て仲間に入れていただきました。アメリカの公文書館で公開の期限がきたヒロシマ・ナガサキの記録フィルムを市民の募金で買い取って編集し、20分のドキュメンタリーとして制作した映画『にんげんをかえせ』を、外国からの留学生等に帰国後の上映活動を条件に無料で贈呈したりするというボランティア主婦の会でした。当時一本10万円程もする高価なフィルムでしたが、英・仏・独語などの字幕のついたものを、様々な国の学生に託し、また是非上映したいという世界各地の、原爆の被害に関心を持っている方々に送りました。
その後、広島の原爆資料館で偶然、被爆者の沼田鈴子さんにお会いしました。売店で『にんげんをかえせ』のビデオを買おうとしていたら、突然近くのソファに座っている小柄な女性から声をかけられたのです。それが沼田さんでした。「『にんげんをかえせ』のビデオをどうして買うのですか」と訊ねられた私はCANの話をしました。
「その映画に私が映っているのよ」。沼田さんは色白の童顔を綻ばせておっしゃいました。私は運命的なものを感じ、親しくお話しさせていただきました。沼田さんの自伝『青桐の下で』(広岩近広著/明石書店)の本をいただき、片足となった被爆の苦しみや、絶望を乗り越えて語り部として学生たちに平和の大切さを伝え続けていることを知り、その熱い生き様に激しく魂を揺さぶられました。たった一度の偶然の出会いでしたが、今も脳裏に鮮明に焼き付いており、思い出すたびにいつも胸が熱くなるのです。
日本全国・世界で映画の上映を!
その沼田さんが2011年に亡くなられ、沼田さんにもらった感動を皆さんと分かち合いたいというプロデューサーの中村里美さんと伊藤茂利さんの熱い思いで、『アオギリにたくして』という映画が出来上がりました。たくさんの借金を背負いながらも、実に果敢にがんばったことにただただ頭が下がります。
私など、戦争の馬鹿らしさを子供ながらにたっぷりと身に受けながら、それをきちんと伝える事ができずに、いたずらに年を重ねてしまった。後悔ばかりが心に残ります。
原爆や戦争の悲しみや愚かさを伝え、この映画を一人でも多くの方に観ていただきたい。その思いは胸いっぱいにつまっています。生きている間に、上映のチャンスを一つでも、二つでも…と。
庶民にとって戦争は、ただ理不尽な苦しみです。何のうらみもない人同士が、傷つけ合ったり殺し合ったり、住まいを壊され路頭に迷う人たちをつくったり__。
若い人たちに戦争を少しでも実感してほしいです。また、いくら平和な時代でも、病気や思いもかけぬ事故など、一生の中で良い日ばかりが続く人は少ないでしょう。その時、この映画を知っていたら、その苦しみを何とか強く乗り切ろうという気持ちの助けになると思います。アオギリに託された「いのちの尊さ」への思いは、きっと若い人の心の宝となるでしょう。
この映画を大きな苦労に負けずつくり、被爆アオギリに託された平和への思いを伝え続ける情熱は、目に見えないところで実を結んでいくと思います。日本ばかりではなく、アメリカやその他の国々でも…ほんの微力でも応援させていただくのは私の生き甲斐です。深く感謝いたします。
※ 映画『アオギリにたくして』 https://aogiri-movie.net
アオギリの語り部と呼ばれ、広島平和記念公園の被爆アオギリの木の下で修学旅行生や世界の人々に被爆体験を語り続けた故・沼田鈴子さんの前半生をモデルにした映画です(企画・製作・著作:ミューズの里)
YouTube
平和の種を世界へ
Vol.1 戦争体験を語る「大川須美さん」
大川須美さんと初めてお会いしたのは、アメリカの学校や教会でヒロシマ・ナガサキを伝える日米協力草の根ボランティア活動「ネバー・アゲイン・キャンペーン」に参加させていただいた22歳の時でした。あれから、34年…ずっと見守り続けてくださった大川さんに心より感謝申し上げます。本当にありがとうございました。
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