2008年8月6日、弊社ミューズの里を設立。その日の夜、初めての〜歌と語りで伝えるヒロシマ・ナガサキ〜「いのちの音色」ライヴを開催。
お世話になった被爆者の方々が、年々亡くなられていく中で、直接お話を伺った者として何かしなければという思いからスタートしたライブでした。
⚫︎歌と語りで伝えるヒロシマ・ナガサキ「いのちの音色」LIVE
➡︎ http://musevoice.com/peacelive/
あれから8年‥‥。
80歳を超える大川須美さんが、廃校になった学校の教室で近所の方々を集めて第二回目のライヴを翌年2009年に企画をしてくださったことがきっかけとなり、その後、日本全国LIVE行脚がスタートし、海外でもライヴをさせていただく機会をいただきました。
そして、この夏8月6日、215回目のライブを迎えました。
2013年夏、このライヴ行脚の中から一つ映画が生まれました。
ライヴ活動を応援してくださっていた被爆者の沼田鈴子さんが亡くなられた翌年、沼田さんの若き日をモデルとした映画「アオギリにたくして」の製作をスタートし、2013年夏に映画「アオギリにたくして」が完成。2016年のこの夏で映画完成から3年目を迎えます。
映画製作をスタートしてからの日々は、言葉にならない程、凄まじい日々でもありました。様々な限界を乗り越え、倒れずにここまで来ることが出来たのは、皆様のご支援・ご協力あってのことでした。改めて心より感謝申し上げます。
まだまだ大変な日々が続きますが、振り返る心の余裕が少しだけ出てきた今、今一度原点を見つめ、初心を忘れず、前に向かって歩んでいきたいと思います。
原爆投下から71年目を迎える2016年8月6日の朝。
昨年、広島市から送られた被爆アオギリ二世の植樹が行われた大分県国東の伊美小学校の子供たちと一緒に「アオギリにたくして」の合唱をさせていただきました。
▲伊美小学校で合唱
▲伊美小学校に育つ被爆アオギリ2世
伊美小学校での合唱の後、国見中学校での「いのちの音色」トーク&ライヴへ。
国見中学校の3年と2年生は、昨年すでに映画「アオギリにたくして」を観賞し、トーク&ライヴの前に行われた平和学習発表で「アオギリにたくして」について発表して下さっている姿に感動しました。
▲国見中学校での「いのちの音色」ライブ
伊美小学校、国見中学校に伺わせていただいた後、夜は武蔵セントラルホールで〜歌と語りで伝えるヒロシマ・ナガサキ〜「いのちの音色」ライヴ講演が、大分県教職員組合国東支部様の主催により行われました〜♪♪ ライヴ講演前に、国東の合唱団「ソレイユ」の皆様と一緒に主題歌「アオギリにたくして」を歌わせていただけたことがとても嬉しかったです〜♪♪♪
▲「いのちの音色」ライヴ講演の後、打ち上げにて。省治様からいただいた花束と一緒に記念撮影〜♪
別府から町田園子ちゃんがライヴ講演を聴きに来てくださり感激でした〜!そして、広島の柏原省治様が花束を届けてくださり、感激でした〜!!心より感謝申し上げます。省治様、ありがとうございました〜!!
また、「この子を残して」「長崎の鐘」等の著書としても知られる永井隆博士の母校である島根県雲南市の飯石小学校で昨年「アオギリにたくして」上映会を企画してくださった飯石交流センターの錦織斉子(なおこ)さんが、「いのちの音色」ライヴ会場に来てくださいました〜♪
永井博士の母校である飯石小学校の閉校式が、今年3月20日に行われご招待いただきました。平和学習に誇りをもって取り組んできた子供たちと先生方、地域の皆様の姿に大変感動し、閉校式を終えて、その日の夜につくった歌「平和を」を、錦織斉子事務局長も来てくださった会場でみんなで一緒に歌えて感激でした〜♪♪
めざせ!1000回ライブを応援してくださった今は亡き沼田鈴子さんをモデルに完成した映画「アオギリにたくして」と共に、これからもライヴ&上映共に心を込めて力を注いでいきたいと思います。
この度の「いのちの音色」ライブを開催してくださった、大分県教職員組合国東支部の皆様に心より感謝申し上げます〜!
そして、今日は、8月9日。長崎に原爆が投下された日です。
東京にいったん戻り、今一度自分自身の心の平和を確かめ、黙祷し、祈りを捧げました。
先日行われた映画「アオギリにたくして」アメリカ上映では、長崎を訪れたというアメリカの方々にお会いしました。
ホームステイさせていただいたジョン&キャリーご夫妻は、何度も長崎を訪れ、9日間の断食をして、懺悔の祈りを捧げたと言います。
隠れキリシタンについて研究する中で、長崎の原爆について深く知り考えるようになったというアメリカの方々に何人かお会いしました。被爆マリアの存在や、被爆しながらも負傷者の救護に尽くした永井隆博士の存在を知り、広島だけでなく長崎にも原爆が投下された事実に驚き、ホロコーストである原爆について考えるきっかけになったと言います。
1945年8月9日広島に、8月9日長崎に原爆が投下され、その年の暮れまでに20万人以上の方々が犠牲となりました。30年前、私が初めて被爆者の方々にお会いした時は40万人近くいらした被爆者の方々の数は、17万2230人となり、被爆者の方々の平均年齢は80歳を超えています。
全身全霊で「いのちの大切さ」「平和の尊さ」を叫ばれ、「絶対に戦争はダメだよ」と言い続けてくださっていた方々が年々亡くなられ、戦後生まれの世代が8割を超えたと言われています。
経験がないために想像力が及ばず、歴史は繰り返すとよく言われますが、悪い形で繰り返される事のないように…。未来への責任を持つためにも、今一度ヒロシマ・ナガサキの被爆者・戦争体験者の声にしっかりと耳を傾けていくことの大切さを感じます。
人間に与えられた言葉や創造力が、争いや分裂・破壊・憎悪の連鎖を生み出すためではなく、絶望あるところに希望をもたらし、平和な世界をつくり、憎しみではなく愛の連鎖を広げ、心豊かでステキな未来をクリエイトしていくためにあることを願います。
人権のないところに平和はなく、平和でなければ人権を守れなくなっていく。人が人として幸せに暮らす上での基盤となる平和。その平和は、誰かが与えてくれるものではなく、私たち一人一人が平和を愛する心を大切にしながら、作り出していくものでもあります。
問題解決をする上で「いのちの尊厳」と「自然との共生」への視点を失ったならば、人類の未来も地球の未来もないとこまで来ています。
私たちに与えれた創造力が、素晴らしい未来をつくるためのものであるように、微力であっても自分たちに出来る平和への一歩を、日々歩んでいきたいと思います。
「世界中の誰にも、自分と同じ苦しみを二度とさせたくない」と、本当は忘れてしまいたい辛く苦しい体験を語り継いでくださった被爆者の方々のメッセージを世界に伝えていくために、これからもより一層力を注いでいきたいと思います。
No more Hiroshima! No more Nagasaki! No more Hibakusha! No more War!
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