「アオギリにたくして」にも触れていただき、心より感謝申し上げます。
静岡新聞コラム「時評」
核廃絶へ小さな一歩踏み出す
米国大統領、ヒロシマ訪問
北岡和義(ジャーナリスト・日本ペンクラブ理事)
平和記念資料館の玄関を出た二人の男は肩を並べ平和公園をゆっくり歩いた。二人のすぐ後に慰霊碑があり、後方で炎がめらめら燃え上がっている。「平和の灯」なのか、「慰霊の灯」なのか。ぼくには死者の憤怒の怒りの灯に思えて仕方がない。さらに後方の世界遺産に登録された 原爆ドームが背景となっている。惨劇の投下の日、この日米首脳は未だ生まれていなかった。テレビの生中継を観ていて思わずこみ上げてくるものがあった。
ついに現職の米国大統領が原爆死没者慰霊碑の前に立った。かなり以前からオバマ大統領は任期中にヒロシマを訪れるのではないかと予想し、講義で学生にも語っていた。それが現実となった。投下以来71年間という長い、長い時間を経たが、歴史の一瞬だったのかもしれない。
43年前ぼくはテニアンという西太平洋の島へ旅した。初めての外国旅行だった。テニアンは人類初の原子爆弾を「エノラ・ゲイ」という名の米軍機に積み込んだ島だった。「ATOMIC BOMB LOADING P.I.T.」という碑が南洋のギラギラ照り返す太陽の下で、ポツンと建っていた。その碑から150メートル離れた地点に二番目の原子爆弾を積み込んだ碑もあった。ここで積み込まれた原子爆弾が長崎に投下された。
ぼくは書いた。
「パール・ハーバーとテニアン島とヒロシマは、『加害者』と『被害者』、『被害者』と『加害者』を考える上で、さらに戦争責任を追及してゆく上で、全く同じ線上に位置するのではないか」(『朝日ジャーナル』1974年1月2日号)
日本の総理大臣が真珠湾へ行き、アメリカ大統領がヒロシマを訪れることこそ「戦争」をこの地球から放逐する第一歩であるという確信を32歳のジャーナリストは抱いていた。だからオバマ大統領が慰霊碑に献花して瞑目した瞬間の感動に熱いものが去来したのである。
オバマのヒロシマ訪問を98%の日本人が支持した。翌朝の新聞はどれも一面トップ記事。大統領が被爆者を抱きしめた写真を掲載した。核廃絶への小さな第一歩を踏み出したと言えるかも知れない。アメリカ国内でも好意的なコメントが目立つ。中国とロシアの反応は欧米のメディアと対照的に冷えていた。
こんな簡単なことにさえ一喜一憂しなければならない人間の“業”を想う。
安倍首相がオバマのヒロシマ訪問を歓迎するコメントを語ったが、なればなぜ、あれほど一方的に安保法案採決を強行したのだろうか。
3日後の30日夕、ヒバクシャの悲劇と愛と生きる勇気を描いた映画「アオギリにたくして」のプロデューサー・中村里美さんがアメリカで上映する運動のため成田空港を飛び立った。
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