2012年12月05日

大川須美さんから届いた映画「アオギリにたくして」応援メッセージ

映画「アオギリにたくして」制作委員会メンバーで、ご協賛くださっている大川須美さんから応援メッセージが届きました!!

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▲大川須美さん(1929年生まれ)

1986年にアメリカに被爆者のメッセージを伝えに行った時、2009年から歌と語りでヒロシマ・ナガサキを伝えるで伝える「目指せ!1000回ピースライブ」をスタートした時、そして今年、映画「アオギリにたくして」の製作を決意した時−−−、周りが心配する中で、いつも新たなチャレンジに賛成してくださり、後ろから肩をポンと押して前に進ませてくださったのは今年83歳になられた大川須美さんでした。
大川さんの存在にどれほど勇気と励ましをいただいたことでしょう。いつも見守っていたき、本当にありがとうございます!!心から感謝しています!!

業界の関係者の方々からは、映画はホントに大変な世界だとお聞きしていましたが、想像を超えた大変さに3月に映画をスタートしてから日々寝ても覚めても「アオギリにたくして」のことでかけずり回っています。

やってみないと分からない事、その立場でなければ分からない事は人生の中にいろいろありますが、今回の映画製作は人生の中で初めて味わう想像を絶する程に大変な事の連続です。しかし、様々な困難があろうと私利私欲を超えて前に進んでいけるのは、振り返った時、被爆者の方々のメッセージをアメリカで伝えた体験が人生の原点になっているからなのだと思います。そして、いつも応援してくださっている皆様の存在が心の支えになっているからです!!

改めて心より御礼申し上げます。
よい作品をつくり世界に発信していけるようがんばります!!

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大川須美さんからの映画「アオギリにたくして」応援メッセージ
(元Cry Against Nuclear Weaponメンバー/1929年生まれ)
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「映画をつくるんです。」「エエッ!!」
私にとって映画は観るものとしか考えたことがなかったので、ただびっくり!
今「女は度胸」と言われていますが、それにしても里美さん何という度胸でしょう。
 30年前、私が核兵器反対のボランティアグループの一員だった頃のことを想い返しました。それは「にんげんをかえせ」というヒロシマ・ナガサキの被爆者のドキュメンタリーを20分にまとめたビデオテープを世界中に送ろうというものでした。

 日本に来ている外国人で母国に帰った時、出来るだけたくさんの人に見せようという意欲のある人に無償で差し上げる運動です。英・仏・独・スペイン語の説明付きでたぶん一本3千円位だったと思いますが、そのための募金を新聞で呼びかけると、毎日送金が続き嬉しい悲鳴を上げるほどでした。
 日本が実験場になってしまったあの原爆を世界の人に知ってもらわなくては!あんなことが繰り返されるなんてことは絶対やめたい!という日本人の切なる気持ちの表れだったのでしょう。

 その「にんげんをかえせ」の中に出てくる被爆で片足を失った若い女性が沼田鈴子さんでした。その後、語り部となった沼田さんとの偶然の出会いに恵まれて、「私の事が書いてあるから読んで」といただいた本は、実に感動的でした。その沼田鈴子さんと強い心の結びつきをもって歌や語りで被爆者の思いを訴え続けてきた中村里美さんがプロデュースして、沼田鈴子さんの生涯が映画になる!その資金はみなさんの寄付をもとにして――。
 びっくりばかりしていないで、私も何かしなくては――といって無力な私にできることは友人・知人にこの映画の事を知ってもらい、寄付をお願いするだけですが――。

 微力でも募金にかかわることは、私自身には出来ない反核の訴えに加わり、沼田鈴子さんの苦しみを超え、勇気をもって素晴らしい道を歩いた生き様を皆さんに伝える一助になると、誰かれに手紙を添えて映画の資料を送っています。すると、「今出来ることをしなくてはネ」「社会にお返しをするべき年齢よ、ガンバッテネ!」などの励ましをいただいたりなどしています。沼田さん、里美さんのお陰で生きがいをいただいたと感謝しています。

大変でしょうが、映画製作の皆さんもガンバッテ!!


posted by ぷらっとハッピー日記 at 20:12| 東京 ☀| 映画『アオギリにたくして』・アオギリ祭り | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする