2017年11月20日

グリーンコリア代表のシン スヨンさんが砂川平和ひろばを訪れました。

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昨日砂川で開催された、「砂川の大地から とどけ平和の声2017」実行委員会の皆様の主催による米軍立川基地返還40周年記念の16ミリ映画上映と討論会にメッセージを寄せた韓国のグリーンコリア代表のシン スヨンさんが本日砂川平和ひろばを訪れ、主宰の福島京子さんのインタビューが行われました。取材・撮影で同席させていただきました。

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※ 韓国の首都ソウルのど真ん中にある龍山(ヨンサン)基地は、以前は旧日本軍の軍事基地でしたが、1945年以降はアメリカ軍の基地として今現在も使用されています。ヨンサン基地の返還に際して、基地内の米軍施設は、平沢(ピョンテク:ソウルから南へ65km)への移転が進行中で、その移転が終われば、基地後は公園用地として開発される予定となっているが、アメリカと韓国政府は、ヨンサン基地の分割継続使用を要求しており、グリーンコリアをはじめとする多くの市民団体は、敷地内の深刻な環境汚染問題と合わせて、これに反対・抗議する運動を展開しているそうです。

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砂川の大地から とどけ平和の声2017

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現在製作中のドキュメンタリー映画「砂川の大地から(仮)」の取材&撮影で砂川へ〜♪


2017年11月19日、砂川学習館・講堂にて、米軍立川基地返還40周年記念16ミリ映画上映会と討論会「米軍基地の『返還』を問う」が開催され取材と撮影に伺わせていただきました(主催:「砂川の大地から とどけ平和の声2017」実行委員会)。

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第一部の映画会では、東京都映像協会の1972年製作による15分の16ミリフィルムと、映画文化協会により1998年に製作された55分の16ミリフィルム「阿波根昌鴻 伊江島のたたかい」が上映されました。


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第2部では、パネリストにレイクランド大学(日本校)准教授・社会学のA・トンプキンス先生、中央大学講師(社会学)の鈴木鉄忠先生、元航空自衛官で反戦兵士と連帯する会代表の小多基美夫さん、砂川平和ひろば主宰の福島京子さんを交えての自由討論会が開催されました。

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最後に中央大学学生による阿波根昌鴻の言葉の朗読と、レイクランド大学の学生による先日亡くなったデニス・バンクスさんの言葉の朗読が行われました。


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砂川平和ひろばを主宰する福島京子さんお父さまの宮岡政雄さんと交流のあった阿波根昌鴻さんは、砂川闘争の拠点であった団結小屋をヒントに、伊江島の米軍演習場の近くに団結道場をつくったそうです。

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殺し合いではなく、助け合う。
奪い合いではなく、譲り合う。
いじめるのではなく教え合う。
それが実行できたとき、真の幸せが生まれてくる。


阿波根昌鴻さん(1901年〜2002年)
沖縄本島の上本部村(現、本部町)に生まれる。敗戦後、米軍占領地の伊江島の土地闘争では常に先頭に立ち、非暴力を貫く。復帰後も、一貫して軍用地契約に応じない反戦地主として闘った。66年、砂川闘争の拠点であった団結小屋をヒントに、伊江島の米軍演習場の近くに団結道場をつくり反基地闘争の拠点とする。84年には、反戦平和資料館「ヌチドゥタカラの家」を建設し、沖縄戦の戦争体験・基地反対闘争の実態を展示や語りを通して広く社会に訴え続けた。



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アメリカ・インディアン運動の指導者で青年時代に砂川闘争を目撃した デニス・バンクスさん。お会いできることを楽しみにしていましたが、11月の来日を前に、10月31日に亡くなられたことが報じられました。


ご冥福を心よりお祈り申し上げます。


4回目のナワカミック・ジャパン・ツアーで来日予定だったデニスさん(ナワカミックはデニスさんのオリジナル名)は、来日を直前に天に召されました。NowaCumig Tokyo Gatheringにおけるメッセージがイベントの最後に紹介されました。

人間達だけではなく、私達を生かしてくれている、この星をも酷く苦しめた出来事がたくさんありました。

7世代先の子ども達が、戦争と憎しみの足跡をたどることがありませんように。

私たちは、築くことができる。
もし、お互いに思いやれるなら、私達は築くことができる。
もし、叫び訴えることができたなら、私達は築くことができる。
もし、コミュ二ケーションを取れたら、私達は築くことができる。
そして、もしも築くことができたら、私達は生きることができる。

複雑そうですが、とてもシンプルなこと。

築くことができたら、私達は歌うことができる。

これらの言葉はただのキャッチフレーズではありません。
今まで、ことあるごとに、違う言い方で、
ずっと、語り継がれてきたことなのです。

憎しみ、戦争と差別への勝利こそ私たちの未来です。
7世代先の未来がそのようでありますように。




※「砂川の大地から とどけ平和の声2017」実行委員会資料より
当時デニス・バンクスは、アメリカ軍の憲兵(MP)として、横田基地に勤務。1956年10月、警備支援のため一時立川基地に派遣されていた。その時、彼はフェンスの向こう側から、警察機動隊の棍棒で殴られ血を流して倒れる人々の姿を見ていた。土地を守るため抵抗する砂川の人々と、インディアンたちとの境遇が重なり、その後デニス・バンクスは人権・平和運動家へと転進していく。先月末(2017年10月31日)に亡くなるまで、彼はアメリカ・インディアン運動の原点といえる砂川に度々足を運んでいた。




デニス・バンクスさんの言葉(著書より)


私たちや、私たちを取り巻く環境は皆、自然の一部である。

すべてが命のつながりの中で生きていて、互いが互いを必要としている。

環境を大事にすることは、自分自身を大事にすることなのだ。




鷲やビーバーは、幾千年間同じ形で生をつないでいる。

七世代先の人々のことを考え、自分たちが受け継いだ生き方を子供たちに伝えよう。 




滝の音や燃える火に心を傾けること。

幼い子供に話しかけること。

草木の生命に思いを馳せること。




それらは偉大な精霊と交わることである。




私たちを含めて、すべてが地球の住人なのだ。

空気、太陽、火、水、土 ------- すべては所有することができない。




偉大な精霊を、どうやって所有できるというのだろう。




火は、私たちが生きていくうえで欠かせないものである。

火は暖かさを与えてくれるだけでなく、生きる指針も与えてくれる。

火と対話しよう。




水や雨を大切にしよう。

水は私たちの考えを浄化してくれる。

雨は空気を浄化して、地の渇きをいやしてくれる。

私たちは水や雨なしでは生きられない。




地球にあるものは皆、それぞれ存在する意味と役割をもつ。

自然の音に耳を澄ませば、自然は私たちに色々なことを教えてくれる。




鳥の鳴き声に耳を澄ませば、自分の心がわかってくる。

魚の泳ぎに目を向ければ、自分自身の答えが見つかる。




花には生命を絶やさないようにするという役割がある。

花の美しさや色にもそれぞれの役割がある。




目標に向かう私たちに力を与えてくれ、未来への夢を広げてくれるのである。




目がないから見えないとは限らない。

耳がないから聞こえないとは限らない。

鳥、魚、花、木、すべてが私たちの話を聞いている。

彼らに向かって心を込めて話すこと。




寒い冬の日に、木々が話をするのが聞こえてくる。

私たちや、私たちの未来について話している。

いつでも木々を敬うこと。




木の枝がなければ花は咲かない。

木があってこそ森になり、その美しさも生まれるのだ。

なぜ木を倒したり、森を破壊したりするのだろう。




木は私たちに生命の息吹を与えてくれる。




鷲、鹿、ビーバー、すべてが自分たちの流儀で生きている。

それぞれがビジョンを持っている。

肝心なのは、他人をまねることなく自分自身のビジョンを持つことだ。




夢は私たちにストーリーを語り、ビジョンの源を与えてくれる。

私たちが得たビジョンは、また他の人の夢となる。

人々に良い夢を見せてあげることだ。




ひとりひとりの画家は夢をもっている。

一枚の絵には、何かが隠されている。

画家の語りかけに耳を傾け、自分たちと結びつきのある話を聞こう。




太鼓の音や人々の歌は、私たちの心臓の音だ。

私たちの心臓の音は、いつでも宇宙の鼓動を映している。

歌を歌いたくなくなったり、太鼓を打ちたくなくなれば、

誰も私たちの鼓動に耳を澄まさなくなるだろう。




知恵の種は、私たちの中心にある。

自分自身の中心に、汚れのない思考とよい水を与えること。

そうすれば、閉じた中心が開いてきて、知恵の実を結ぶことだろう。




私たちの未来は過去にある。

時は流れているのだから。




日々くりかえす行いこそが生活であり、文化を伝えることである。

年長者から知恵を学ばなければならない。

そして、それを実行しなければならない。




一日一日を生きていくことが、生きる目的なのだ。

日が暮れてしまったら生きる目的を失う、というわけではない。




年を重ねてから、幼いころのことや仲間のことを思い返す。

眼にも胸にも涙が浮かんでくる。




そんな時、人は幸せを感じ、その尊さを知る。





「風の知恵」 黒田征太郎/デニスバンクス著 毎日新聞社より引用



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2017年11月02日

デニス・バンクスさんのご冥福を心よりお祈り申し上げます。

今日はとてもショックでした。


現在製作中のドキュメンタリー映画『砂川の大地から』で、
来年、必ず撮影に伺いたいと思っていた米先住民運動の指導者で
砂川闘争の時に米軍基地におられたデニス・バンクス(80歳)さんが
亡くなられたという知らせを、本日いただきました。


29日、米中西部ミネソタ州ロチェスターの病院 で
肺炎のため亡くなられたそうです(米紙ニューヨーク・タイムズ(電子版)


お会いしたかったです…。


デニスさんの魂を少しでも現在製作中の
ドキュメンタリー映画『砂川の大地から』の中でも描けたら・・・
と思っています。


◎砂川の大地から
➡︎http://musevoice.com/sunagawa/

デニスさんのご冥福を心よりお祈り申し上げます。





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2017年08月30日

ドキュメンタリー映画「砂川の大地から」 長谷川直樹さまに、心から感謝申し上げます〜!

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▲長谷川直樹さまとしげ兄さん( 8/8 下北沢にて )


ドキュメンタリー映画「かけはし」でアドバイザーとしてお世話になった、長谷川直樹様に、第三作目となる「砂川の大地から」でもお力添えいただけることになりました。


「アドバイサーとしての協力の労は、おしみませんよ。遠い昔の砂川闘争を知らない普通の人たちに、福島京子さんの熱い思いをどう伝わるか。言い換えれば、映画を観た人に中村里美監督の思いが映像としてきちんと伝わるかだと思います。じっくり考えてやりましょう」


長谷川様よりメールをいただき、感謝の気持ちでいっぱいです。



長谷川様は、私が学校を卒業後に、まだまだ人生を模索していた頃、テレビの報道局社会部長をされていて、長谷川さまのもとで約1年間契約社員としてお世話になりました。


あの時、長谷川様から言われていた仕事の一つが、毎朝出社した後、すべての大手新聞に目を通して、反戦・反核などの記事の切り抜きをして、スクラップブックに整理することでした。


それまで、新聞をちゃんと読んだこともないような自分だったので、せめて、自分が切り抜いた新聞に目を通そうと思って読んでいた時、「若者ボランティアいませんか?」という、バークシャーコミュニティーカレッジの平和学教授だったレイスロップご夫妻と日本で教師をする北浦葉子さんが日米協力草の根プロジェクト「ネバー・アゲイン・キャンペーン( NAC)」の民間平和大使を呼びかける記事が目にとまりました。


その記事を見たことがきっかけとなり、31年前、アメリカの学校や教会などで約一年間ヒロシマ・ナガサキの原爆映画上映会をしたことが今の自分の原点となっています。


もし、あの時、長谷川様のもとでお仕事させていただいていなかったら・・・「いのちの音色」ライブも、ライブの中で歌っている歌も、映画「アオギリにたくして」も何も生まれていなかったことを思う時、人はきっかけで変わっていくと強く改めて思います。



人生を生きる中でしみじみ思うことは、
自分の力で出来ることなど実はたかがしれているということ。


きっかけを与えてくださった方々や、いろんな体験をさせてくださった方々への感謝。成功だけでなく失敗の中にこそ多くの学びがあり、何一つ無駄なことはない。あるのは心からの感謝のみ。


そして、一番最初の一つ一つがいつの間にか形をつくっていく。


自分の頭の中だけで描いたことや、学んだ知識だけで考えた机上の空論は、本当に大事なことが見失われがち。


動きながら、走りながら考える中で、知恵を授かり、本当に見えて来るものがある。


母がよく言っていた。
人生には良い時も悪い時もある。いい時は、誰もが良くしてくれるし、してあげられる。でも、ひとたび状況が悪い時にこそ真価が問われる。人が本当に困っている時にこそ、手を差し伸べ助けてあげらえる器のある人間になりなさい。


自分にはまだまだ器がなく、ただただ必死な毎日。


一番苦しい時を、ハートで支えてくださっているたくさん皆様との出会いをいただき、改めて母の言葉が身にしみます。


そして、今は支えていただくばかりですが、いつか自分も支えていく存在になれるよう、初心を忘れず、プロセスに心を通わせながら、目標に向かって突き進みながらもっともっと成長していけるようがんばっていきたいと思います。


長谷川様はじめ、ご支援・ご協力くださり、応援してくださっている皆さまに改めて心より感謝申し上げます。
本当にありがとうございます!!がんばります〜!!よろしくお願い申し上げます。



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2017年08月19日

第3作目ドキュメンタリー映画「砂川〜大地の記憶〜」公式ウェブサイト

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映画「アオギリにたくして」
ドキュメンタリー映画「かけはし」に続く
ミューズの里の第3作目となる
ドキュメンタリー映画「砂川の大地から」公式HPを
渡川修一さんが作ってくださいました。
渡川さん、ありがとうごさいます〜!!


◎ドキュメンタリー映画「砂川の大地から」公式ウェブサイト
➡︎ http://musevoice.com/sunagawa/



この度の第三弾となる「砂川の大地から」では、
これまで共に企画・製作・音楽・プロデュースを行ってきた
伊藤茂利と共に監督を務めさせていただきます。


映画「アオギリにたくして」で大変お世話になり
映像の世界で活躍されている中根克様に
撮影でお力添えをいただいております。


また、映画「アオギリにたくして」撮影監督で
撮影技師の倉本和人さんが撮影特別協力を
してくださることになりました。


編集は、ドキュメンタリー映画「かけはし」の
予告編制作でもお世話になった
ドキュメンタリー映画「ハダカの城」の監督
柴田誠様にお力添えいただきお願いすることになりました。


映画「アオギリにたくして」でお世話になった
大久保憲一弁護士が制作顧問を引き受けてくださり、
ドキュメンタリー映画「かけはし」でお世話になった
長谷川直樹様に撮影&編集アドバイザーとして
ご協力をいただけることになりました。


完成に向けて、スタッフ一同全力を尽くします。
今後とも皆様のご支援・ご協力を何卒よろしくお願い申し上げます。

posted by 中村里美のぷらっとハッピー日記 at 23:29| 東京 ☔| 映画「砂川の大地から」 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

砂川平和ひろば「浅間山米軍演習地化反対運動の語り部のお話」

現在製作中の第三作目となる
ドキュメンタリー映画「砂川の大地から」


砂川の大地では、
12日に撒いたお蕎麦が、雨続きの中、
立派に発芽して成長しているようとの
ご報告が福島京子さんよりありました。


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▲撮影:福島京子 砂川の大地に育つ蕎麦 


暑い中、砂川平和ひろばの改装工事がつづいています。
そして、明日は、砂川平和ひろば主宰の軽井沢ツアー。
軽井沢町の堀辰雄文学記念館前にて集合です。

13:00より「浅間山米軍演習地化反対運動を学ぶ」
 語り部:荒井輝允さん(浅間山米軍演習地化反対期成同盟 青年団) 

15:30より 追分宿見学(午前に続き)か、軽井沢歴史民俗資料館 解散
    鳩山家別荘見学(砂川闘争の時、婦人たちが抗議行きました)


明日早朝、立川で車に乗せていただき軽井沢に向かい、
砂川ひろばの皆様に同行取材・撮影させていただきます。

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軽井沢研修資料
−浅間山米軍演習地化反対闘争を学ぶツアー
(砂川平和ひろばの張さんより)
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 朝鮮戦争の最中の1953年4月。浅間山の麓に位置する長野県軽井沢町周辺の住民は、突然の米軍演習地の設置通告に騒然となった。聖なる浅間山に生きる人々にとってこの通告はまさに晴天の霹靂であった。

 当時のアメリカ軍−正確にはUN軍−は圧倒的な軍事力でもって中国の国境付近まで北朝鮮を攻め込むも、これに危機を感じた中国側が血盟関係の北朝鮮に大軍を派兵すると戦況は一気に逆転する。その結果、ふたたびソウルが陥落し、戦争は長期消耗戦の兆しを見せ始めていた。アメリカ軍は想定外の酷寒の山岳戦に辛酸をなめ、甚大な人命損失を葬っていた。この朝鮮半島の戦況に連動し、アメリカは急遽日本に冬季の山岳戦闘演習地設置に取り掛かり、その候補地として浅間山が日米安全保障条約の名の下で決められたのである。

 朝鮮戦争が始まって1年3ヶ月が過ぎた1951年9月。西邦世界だけの参加するサンフランシスコ講和条約が締結され、日本は主権国家として国際社会に復帰することができた。が、しかしそれは歪められた戦後体制のはじまりでもあった。以来、いわゆる日米安全保障条約における日米地位協定は、日本列島のアメリカ軍基地化を容認する呪縛となっていった。

 ところが、泥沼化する戦況に焦りを見せていたUN軍総司令官マッカーサー。彼はついに核兵器使用を主張するに至る。しかし、これは三度の世界大戦−しかも核戦争に−エスカレーターする危険性を大いに孕んでいた。こればかりは避けようとアメリカ政府はマッカーサーを解任し、停戦協定を結んで戦争状態から脱する方向へと舵を切り替える。結果、1953年の7月27日板門店にて停戦協定書に署名が交わされ、ようやく朝鮮半島は戦争の「一旦停止状態」へと転換し、現在に至っている。このように、最も緊迫した朝鮮半島情勢のど真ん中で起きたのが「浅間山米軍演習地化反対闘争」であったが、その展開は予想をはるかに超える形を見せていた。強力な結衆の力は日米安保条約の盾を突き破り、地元住民側の電撃的な勝利となったのである。通告から僅か4ヶ月足らずの出来事であった。

 地域が一気に「結衆」し、素早く世論を軽井沢に向かわせ、「200万人」の賛同者たちを得るまで数ヶ月も要しなかった「浅間山米軍演習地化反対闘争」。この闘争の本質はどこにあり、勝利の背景に何があったのか。また、この歴史的な勝利が何故人々の記憶から消えていってしまったのか。これらの謎を解くすべての手がかりが浅間山麓の現地にある!

 私たちは信じてやまない。この厳然たる反基地闘争の水脈が大地を伝わって武蔵野の砂川にまで流れていることを。そして戦後の「闘争時代」に、今に活かすべき光が潜んでいることを・・・。

砂川ひろば

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2017年08月15日

砂川平和ひろば「壁開け式」

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8/12砂川平和ひろばの改装工事のための
「壁開け式」に、しげ兄が取材・撮影で伺わせていただきました。


壁を取り払う前に、
砂側平和ひろば主宰の福島京子さんと
地元の皆さまがメッセージを描いて記念撮影。


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そして、この日はみんなで流しそうめん!!

すごい❤️

私も行きたかったなぁ〜♪♪♪

砂川平和ひろばは
いつも楽しい企画がいっぱい!
心も体も元気になります。


砂川の大地から平和を〜!
ドキュメンタリー映画「砂川の大地から」
撮影中〜!





posted by 中村里美のぷらっとハッピー日記 at 16:28| 東京 ☔| 映画「砂川の大地から」 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年07月31日

福島京子さんと砂川平和ひろばに集うみなさんと一緒に見た「平和花火」

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ドキュメンタリー映画「砂川の大地から」
撮影のため砂川平和ひろばへ〜!


立川花火大会にあわせて
砂川の畑でとれた無農薬の枝豆を茹で、
トウモロコシでポップコーンをつくり、
砂川平和ひろばと&畑のお手伝いをされているシルバーの皆様の
共済による飲食販売。

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雨の中、
砂川平和ひろばの目の前に、
大きな見事な花火が上がりました〜!


砂川闘争の跡地で
福島京子さんと砂川平和ひろばに集う
みなさんと一緒に見る
平和花火〜!


花火の後、みんなで乾杯〜♪


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この日は、初プロデュース作品の映画「アオギリにたくして」制作委員会のメンバーで、東日本大震災の翌年の3・11に行われた福島ロケでは、スタッフや機材を乗せて車で同行くださり、エキストラとしてもご出演くださった田中正栄社長もご参加くださいました。


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皆様に心より感謝申し上げます。

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2017年07月29日

新井章弁護士に砂川闘争の貴重なお話を伺いました。

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現在製作中のドキュメンタリー映画「砂川の大地から」

本日は、砂川闘争に深く携わっておられた新井章弁護士を、映画「砂川の大地から」制作顧問の大久保賢一弁護士にご紹介いただき、大変貴重なお話を聞かせて頂き、今後のドキュメンタリー撮影にご協力いただけることになりました。

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心より感謝申し上げます。


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2017年07月19日

『山梨平和ミュージアム (石橋湛山記念館)』浅川保館長が砂川平和ひろばへ

ドキュメンタリー映画「砂川の大地から」
7月17日、撮影のため砂川平和ひろばへ。

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▲砂川平和ひろば 主宰:福島京子さん


昨年、『山梨平和ミュージアム (石橋湛山記念館)』に福島京子さんはじめ砂川平和ひろばの関係者の皆様が訪れたことがきっかけとなり、館長の浅川保さんが、砂川平和ひろばへ。

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浅野館長は、高校教員をリタイア後、
歴史的事実を後世に遺し語り継ぐため、
退職金をなげうって「平和ミュージアム」の場所を確保。


公的な支援は受けられなかったものの、
その後、多くの寄付が集まり、
市民の資料から、戦争の実像を伝える平和の拠点として地域に根づく
『山梨平和ミュージアム (石橋湛山記念館)』が誕生した。
結果的に、縛りがない方が自由な発信をすることができ、
今後の砂川平和ひろばの在り方を考える上で。
とても良いお話がかわされました。


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砂川闘争だけでなく、
五日市憲法、自由民権運動など、
平和を発信してきた多摩地域を
より掘り下げながら、
平和の発信をしていく
砂川平和ひろばのこれからの姿について
熱いトークが交わされました。


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