2017年04月04日

大川須美さんに心からの感謝を込めて〜♪♪

大川須美さんと出会ったのは31年前。大川さんは以前、映画「アオギリにたくして」のモデルとなった広島の被爆者 沼田鈴子さんが出演されている「にんげんをかえせ」のフィルムを様々な国の言語に翻訳して世界に届けるCAN(Cry Against Nuclear Weapon)の活動をされていました。


大川須美さんとはじめて出会ったのは、31年前。草の根のボランティア活動「ネバー・アゲイン・キャンペーン」第1期生として、一年間アメリカの家庭にホームステイしながら学校や教会で日本文化の紹介と共に原爆映画「にんげんをかえせ」を上映するボランティア活動に参加した22歳の時、大川さんはじめCANの皆様と持参する原爆フィルム「にんげんをかえせ」のヒロシマ・ナガサキの被爆者の方々との出会いをいただきました。


女学生時代は、風船爆弾をつくっていたという大川須美さん。教室で和紙を張り合わせて作ったという大きな紙風船は、太平洋戦争において日本陸軍が開発した気球として、爆弾を搭載し、偏西風に乗せてアメリカに向けて飛ばすための兵器でした。戦時中はほとんど勉強する時間もなかったと言います。大川さんの家は空襲で焼かれてしまいました。


大川須美さんが、我々のライブや映画をずっと応援してくださるのは、あの時代を必死に生きた人々の姿がいつも心のどこかに忘れることなくあるからなのだと言います。


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▲我々のライブ活動や映画製作・上映を応援しつづけてくださっている大川須美さん。大川さんが初めて広島原爆資料館を訪れた時、沼田鈴子さんから大川さんに手渡されたという毎日新聞の広岩近広記者のご著書『青桐の下で』(明石書店)には、沼田さんの直筆で大川さんに向けて「出会いを大切に」と書かかれています。


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映画「アオギリにたくして」製作に向けてご挨拶に伺った私たちに、大川さんは、沼田さんからもらったというこの本をたくしてくださいました。広岩記者は、以前まだ映画の構想さえなかった頃、チャリティーライブ「アオギリにたくして」を取材に来てくださいました。取材の後には、広岩さんもライブにも飛び入り参加〜!沼田さんについて書かれたご自身の文を朗読してくださり、表現者としての広岩さんの姿に大変感動しました。


一つの映画が生まれるまでには様々なことが繋がり形となっていきます。映画製作を通して人生とは何かを学ばせていただいています。心より感謝申し上げます。


先日3月23日、ミューズの里オフィスに遊びに来てくださった大川さんにお話を伺わせていただく機会をいただきました。ちょうど大阪から来社されていた「ハダカの城」の柴田監督が撮影してくださったのでお話をじっくり聞くことができました。大川さんの平和への思いは、製作中のドキュメンタリー映画「かけはし」第1章の中で描いていきたいと思っています。


今年は、年始早々第二作目の映画の公開としげ兄の入院なども重なり、例年以上の忙しさで1日1日をこなすのがやっとの状態でした。体がいくつあっても足りない状況の中、退院後にそのままオフィスに駆けつけて急ぎの仕事をかたずけ、翌日から仕事復帰して一番大変な時期を支えつづけてくれたしげ兄さんのことを大変ご心配くださり、大川さんの心あたたまるお言葉に励まされ、大変だった日々を何とか乗り越えることができました。いつも一番大変な時を支えていただき、改めて心より深く感謝申し上げます。


いよいよ4月。まだまだ忙しい日々が加速して続いていきますが、どんなに忙しい中にあっても、己に負けず、志を果たしていきたいと思います。

posted by 中村里美のぷらっとハッピー日記 at 22:46| 東京 ☀| 映画『いのちの音色』シリーズ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年12月26日

クリスマスは、砂川でドキュメンタリー撮影〜♪

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▲イタリアに一年間暮らしていた福島京子さん手作りのお菓子。クリスマスの日、撮影に伺った私たちにプレゼントしてくださいました〜!


アオギリのご縁で出会いをいただいた福島京子さんのドキュメンタリー映画撮影のため、12月25日砂川へ。



京子さんは昨年、被爆アオギリ2世・3世の植樹を砂川の地にしてくださり、この秋には映画「アオギリにたくして」の上映会を企画してくださいました。勉強不足な私は、京子さんを通じてはじめて砂川闘争について知った。


「土地に杭は打たれても、心に杭は打たれない」


1955年に始まった砂川闘争。地元の人たちが旧米軍立川基地の拡張計画に反対し、米軍基地を撤退させた唯一の住民運動が砂川の地で繰り広げられた。福島京子さんは、反対農家の中心だった故・宮岡政雄さんの次女として生まれた。京子さんが子供の目で見た砂川闘争、そしてずっと両親の生き様を見続けてきた京子さんが語る砂川闘争は、Wikipediaや参考資料からは決して感じることの出来ない温度を心に伝えてくれる。


一人ひとりが尊重される世界を何より大切にしていた父の残した農園の一角に、京子さんは「砂川平和ひろば」を開設。平和・郷土・農業など様々なテーマで交流する場をつくり発信している。


クリスマスの12月25日、「砂川平和ひろば」の大掃除をする福島京子さんの姿を撮影に砂川に伺った。


農園に向かう京子さんの後を追って、いくつかの質問を投げかけた。ご両親のことを語りながら言葉を詰まらせ涙を拭う京子さんの姿に、思わず涙があふれ、カメラをしっかり握り締めた。


この秋から撮影を開始したドキュメンタリー。砂川の大地に宿る魂を追っていきたいと強く思うクリスマスの夜でした。

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▲12/25大掃除の後は、来年に向けて「砂川平和ひろば」のミーティングの様子を撮影させていただきました。
posted by 中村里美のぷらっとハッピー日記 at 23:23| 東京 ☁| 映画『いのちの音色』シリーズ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年12月22日

ドキュメンタリー映画『いのちの音色』シリーズのBlogスタート〜!

2016年も皆様に大変お世話になり、心より感謝申し上げます。


第一回JASRAC音楽文化賞を受賞した初プロデュース作品の映画「アオギリにたくして」は、2013年夏に劇場公開後も、映画館・自治体・学校・公共施設etc.による日本全国上映がロングランで続いています。2016年6月からはアメリカ試写会も行われ反響を呼び、2016年より本格的に海外上映をスタートさせていく予定です。そして、この度、第2弾の作品としてドキュメンタリー映画『かけはし』が完成し、2017年の劇場公開に向けて準備を進めています。スケジュールが確定次第また告知させていただきます.


来年度はより一層、日本全国・世界各国での「アオギリにたくして」「かけはし」上映や「いのちの音色」LIVE活動等に向けて力を入れていきたいと思っています。


 そして2017年は、日本全国・世界各国でのライヴ&上映活動や被爆アオギリ2世・3世の植樹活動の中で出会った心豊かにステキに生きる人々の姿を通して、いのちの音色を伝えていくドキュメンタリー(シリーズ)の製作に向けて新たに出発していきます。


映画「アオギリにたくして」のモデルともなった沼田鈴子さんが生前、ご自身の活動の中で大事にされていた「出会い」→「感動」→「発見」→「出発」という言葉が何度も思い起こされます。


「出会いによって感動が生まれ、感動することで今まで自分が気が付かなかったことを発見し、そして新たに出発していく!」沼田さんのおっしゃっていた言葉の意味を深く感じる日々を過ごしながら撮影を続けています。


ドキュメンタリー映画『いのちの音色』は、取材&撮影を続けながらシリーズ化されていく予定です。


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新たにブログもスタートしました!


◎ドキュメンタリー映画「いのちの音色」シリーズのブログ
http://ameblo.jp/muse-documentary/


日々のライヴや上映行脚の映像は、ミューズの里のYouTubeチャンネル「MusevoiceFilm」でも発信していきます〜!


◎YouTubeチャンネル「MusevoiceFilm」
https://www.youtube.com/user/MusevoiceFilm


facebook頁でも発信しています〜!

◎ドキュメンタリー映画『いのちの音色』シリーズ facebook頁
→ https://www.facebook.com/musedocumentary/



「アオギリにたくして」「かけはし」に続く映画製作に向けて、皆様のご支援・ご協力を何卒宜しくお願い申し上げます〜!

posted by 中村里美のぷらっとハッピー日記 at 21:57| 東京 🌁| 映画『いのちの音色』シリーズ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

飯石から大阪へ!

急遽、撮影に入ることになり12/18島根県へ〜♪

当初、我々が行く予定ではなかったので、直前まで仕事の調整をしながら、体調を崩し気味だったこともあり、出発直前まで「たどりつけるだろうか?」と体力が少々心配だったため、早朝3時に起きて出発!

サービスエリアでストレッチしながら12時間かけて島根県雲南市の「飯石地区」へ明るいうちに無事到着しました〜!

そして、到着した時には体調も回復に向かい、現地で皆さんにお会いしたら、いっぱいエネルギーをいただいて元気いっぱい!「やっぱり来て良かった!」と感謝感謝の飯石撮影でした。


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▲雲南アオギリ会会長で「雲見の里いいし」飯石交流センターの錦織斉子さんはじめ皆様に大変お世話になりました〜♪


当初は今年の秋に、地域の方々に向けた「いのちの音色」飯石編のドキュメンタリーをまとめる方向で皆様にもすでに告知させていただいていたのですが、全国に向けて発信していく作品にしていくために、さらに撮影を続けながら、より深く描いていきたいと思っています。


今回は、今年3月に閉校した永井隆博士の母校の飯石小学校が今後どうなっていくのかについて、飯石の方たちの第一回目のミーティングが行われる12/19日に飯石での撮影をさせていただきました。


雲南市の美しい自然と共に、飯石の人々の姿を通して、いのちの音色を伝えていける作品となるようスタッフ一同がんばっていきたいと思います!


大阪映画センターのかおりんさんからメールをいただき、東京に戻る途中急遽、映画製作や上映のご相談も兼ねて大阪に立ち寄らせていただきました


まずは、来年公開のドキュメンタリー映画『かけはし』の大阪劇場公開に向けて、シアターセブンの松田社長様にご挨拶したあと、かおりんと皆様に会いに梅田へ〜♪


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12/20ドキュメンタリー映画をこよなく愛するかおりんと柴田監督、年間199本のドキュメンタリーを見る川島さん。山形ドキュメンタリー映画祭での仲間でもある3人の大先輩方と会えて最高の夜でした〜!


そして、お陰様で無事、東京に戻りました。


来年は、「アオギリにたくして」「かけはし」に続く「いのちの音色」ドキュメンタリーシリーズの製作に向けてより一層力をいれていきたいと思います〜!!皆様のご支援・ご協力をよろしくお願い申し上げます〜!!




posted by 中村里美のぷらっとハッピー日記 at 13:48| 東京 ☀| 映画『いのちの音色』シリーズ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年12月20日

島根県雲南市三刀屋町の「飯石」へ撮影に伺わせていただきました〜!

12月18日の早朝、島根県雲南市三刀屋町の飯石地区に向けて出発〜!


車にゆられて12時間。無事到着。

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この夏、歌と語りで伝える「いのちの音色」ライヴと映画「アオギリにたくして」上映会を企画してくださった「雲南アオギリ会」会長で地域自主組織「雲見の里いいし」事務局長の錦織斉子さん宅にて、ステキなご家族の皆様と一緒に夕食をご馳走になりました〜♪

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あと数日で88歳を迎えるという澄子さんが、家の前の畑でつくったお野菜のたっぷり入ったお鍋。とっても美味しかったです〜♪♪ ご家族の皆様に大変お世話になり、心より感謝申し上げます〜!!

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今年3月に飯石小学校が閉校となり「子供たちの声が聞こえなくなって寂しい」と澄子さんは言います。澄子さんの畑の両側にのびる道を通って、熊よけの鈴を鳴らしながら子供たちは毎朝登校していました。校庭やプールから聞こえてくる子供たちの楽しそうな声、学校から聞こえてくる子供たちの発表や歌声などにつられ、畑仕事を少し休んで学校まで子供達を応援しにいくことも度々あったと言います。



飯石地区には、『長崎の鐘』や『この子を残して』etc.の著者で、長崎で被爆しながらも救護活動をされた永井隆博士の生い立ちの家があり、この3月に閉校となった飯石小学校は、永井隆博士の母校でした。


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▲10月4日の「雲見の里いいし」第46回ふるさと運動会では、被爆アオギリ2世の育つ飯石小学校の校庭で、飯石小学校閉校記念事業実行委員会企画として子供たちと地域の人々が協力して「平和を」という一文字を作り、撮影が行われました。



私たちがはじめて飯石を訪れたのは、昨年の秋のことでした。
錦織斉子さんからいただいた一つのメールから、ご縁をいただきました。


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そこには、「飯石小学校では、長崎の山里小学校と姉妹校の調印をかわし、2年に一度長崎訪問し、平和学習が学校あげて積極的に行われ、特に永井博士の「平和を」「如己愛人」の精神の継承に力を入れています。そして、そんな小学校の子どもに負けまいと地域も動きだし、平成22年度からは地域の平和学習として、「知ることから考える」をコンセプトに永井博士や平和をテーマにした映画鑑賞を開催して6年目となります。今年度で小学校閉校が決まった今、この平和の精神の継承をやめてはならないと強く願っております」という錦織斉子さんの熱い思いと共に、是非閉校前に、映画「アオギリにたくして」を上映したいと書かれていました。飯石小学校と飯石交流センターで映画「アオギリにたくして」上映&ライヴをが行われ、飯石をはじめて訪れた我々は、永井隆博士の「平和を」「如己愛人」の精神を受け継ぎ、飯石小学校で培われてきた平和教育の素晴らしさに感動しました。

142年の歴史を持つ飯石小学校が閉校する前に、この素晴らしい学校を少しでも映像に残しておきたいという思いで、閉校式を前に今年3月には再度飯石入りさせていただき、撮影の機会をいただきました。


そして今回は、閉校後の飯石小学校をどうしていくかについて地域の方々が話し合いをされるとお聞きし、再び取材と撮影のため飯石に来させていただきました。


永井隆博士の故郷である島根の美しい自然と共に、生い立ちの家や母校のある飯石の人々の姿を通して、いのちの音色を伝えていけるドキュメンタリー映画作品となるよう引き続き取材と撮影を続けさせていただきたく思っています。


この度も、「雲見の里いいし」の若槻会長様と錦織事務局長様はじめ皆様に大変お世話になり、心より感謝申しあげます。これからもよろしくお願い申しあげます。

posted by 中村里美のぷらっとハッピー日記 at 14:11| 東京 ☀| 映画『いのちの音色』シリーズ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年12月18日

次の映画作品づくりに向けて、島根県雲南市の「飯石」へ〜♪

先日最終MAをようやく終えて、来年2017年の公開に向けて動き始めるドキュメンタリー映画「かけはし」のサンプルデーターが出来たと連絡入り、まずはピックアップした後、3時間ほど仮眠。そして、「アオギリにたくして」「かけはし」に続く作品の一つとして昨年秋より撮影に入っている島根の飯石に向けて出発〜!

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元気な時でも島根まで車で行くと、運転してない私でも疲れが出る時があるので、大丈夫かな?!と直前まで今回は自分の体調が少し不安だったのですが、とにかく明日からの撮影と打ち合わせに向けて明るいうちに現地に到着するために午前3時に起きて出発〜!


大事をとって車の後部座席で熟睡させてもらったら、到着するころには体調も良くなり、いつもより元気になりました〜!!睡魔と闘いながら、各サービスエリアでお腹を満たして体力を蓄えて運転し続けてくださったしげ兄さんに心より感謝です〜!!大変ありがとうございました〜!!


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お陰様で、無事到着〜♪
これから打ち合わせも兼ねて、この夏も上映&ライヴでお世話になった「雲南アオギリ会」会長で「雲みの里いいし」飯石交流センター事務局長の錦織斉子さん宅へ伺います〜!

posted by 中村里美のぷらっとハッピー日記 at 18:31| 東京 ☀| 映画『いのちの音色』シリーズ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年12月12日

砂川の大地から平和を〜♪

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昨年被ばくアオギリ2世・3世が植樹され、今秋には映画「アオギリにたくして」上映とミニライブ、ノンフィクション作家の高瀬毅様との対談をさせていただいた砂川へ。

12/10砂川平和ひろばでの収穫祭に、ドキュメンタリー取材&撮影に伺わせていただきました〜!

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収穫祭では、砂川の地で育った美味しい野菜がいっぱい入ったけんちん汁と砂川のもち米で作られたお赤飯をいただき、砂川の大地の恵みを食したあと、映画「草の根の人々」(浜岡英夫作品)が上映されました。


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「草の根の人々」の上映のあとは、栗原正男さん(80歳)の証言「激突の砂川、あの時」。


元砂川郵便局員だった栗原正男さんのお母様の栗原むらさんは、砂川闘争の女性反対同盟として様々な場面で活躍されていた方だそうです。長男の正男さんは当時19歳で、母親と共に闘争に参加されていたそうです。当時、拡張予定地とされていた一番南、基地に一番近いところに住み、お住まいは基地闘争の時、救護所として使われていたといいます。

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▲戦時中のこと、そして砂川闘争について語ってくださった栗原正男さん(左)と砂川平和ひろば主宰の福島京子さん(右)。


80歳の栗原正男さんが子供の頃見た戦争のお話を聞かせていただき、いかに戦争が人間を無視したものと化していくものかがストーレートに伝わってきました。そして戦後、1955年にはじまった、砂川闘争について語ってくださいました。

あの戦争を体験してきた自分たちが、二度と戦争を起こしたり加担してはいけないという強い信念が砂川闘争の根底にあったことがストレートに伝わる貴重な映画とお話でした。

在日米軍立川飛行場(立川基地)の拡張に反対して地元住民の方々が町をあげて反対し戦った砂川闘争。基地は拡張されることなく、米軍基地は1977年に立川から撤退、跡地は返還されました。最後まで戦い抜いたのは23件。23件の皆さんの強い意志が想いを形にしていきました。


砂川闘争の第二世代のひとりである福島京子さん(反対同盟副行動隊長・宮岡政雄の次女)は、農地を守り、戦争につながることはしたくないという強い信念を持っていたご両親の姿を見て育ちました。2010年に旧拡張予定地の一角に、「砂川平和ひろば」を開設。砂川の歴史を伝え、人々が集い語り合う場として活動を継続し、秋には毎年収穫祭を開催しています。


福島さんは、昨年被ばくアオギリ2世・3世の苗を砂川に植樹してくださいました。
私は、恥ずかしいことながら、福島さんにお会いするまで砂川闘争について全く知りませんでした。


砂川闘争とはなんだったのか?そして、私と同じように平和運動には無関係だった福島さんが、なぜ今、砂川の大地から平和を発信しているのか? 今、福島京子さんの取材と撮影を行っています。


アオギリが繋いでくれた出会いの中から、今また新たなドキュメンタリー作品が生まれようとしています。

posted by 中村里美のぷらっとハッピー日記 at 23:55| 東京 ☀| 映画『いのちの音色』シリーズ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年12月11日

2017年、新たなドキュメンタリー映画[「いのちの音色」シリーズ製作に向けて

月日の経つのは早いもので、2016年もあとわずかとなりました。

初めてのプロデュース作品・映画「アオギリにたくして」が完成したのは、2013年の夏でした。映画を見てくださった方々が感動を伝えてくださり、次の上映会を企画してくださる中で、上映開始から3年目を迎えた今年も、日本全国での上映会が続いています。今年6月には、来年から始まるアメリカ上映に向けて、ニューヨーク州・マサチューセッツ州などで試写上映会が開催されました。改めて、これまでご支援・ご協力くださった全ての皆様に心より御礼申し上げます〜!!

◎映画「アオギリにたくして」公式HP
➡︎ http://aogiri-movie.net


そして、第二作目となるドキュメンタリー映画「かけはし」は、今月16日に最終MAを行い、来年の公開に向けて現在動いています〜!!上映の詳細が決まり次第告知させていただきます〜!!

◎ドキュメンタリー映画「かけはし」公式HP
➡︎ http://kakehashi-movie.net/about/


「アオギリにたくして」と「かけはし」は、これまでの自分の人生で長く関わってきたことの中で、どうしても形にしておきたいと強く願っていた作品でした。皆様にご支援・ご協力いただき、この二つの作品が形となったことに改めて心より感謝申し上げます。


そして来年度に向けて、これからとりかかる作品は、作品づくりと上映活動の中から生まれた新しい出会い、感動、発見の中から出発していきます。


2017年に向けて、2つのドキュメンタリー映画の製作に入ります。


・長崎で被爆しながらも救護活動をされ『長崎の鐘』や『この子を残して』etc.の著者で知られる永井隆博士の生い立ちの家や母校の小学校(旧飯石小学校)のある島根県雲南市三刀屋町飯石を舞台としたドキュメンタリー作品。

・在日米軍立川飛行場(立川基地)の拡張に反対して、地元住民の方々が町をあげて反対し戦った砂川闘争。基地は拡張されることなく、米軍基地が1977年に立川から撤退、跡地は返還されました。最後まで守り抜いた農地で、大麦・小麦や野菜を育てながら2010年に農地の一角に「砂川平和ひろば」を開き、砂川の大地から平和を発信し続ける福島京子さんの今を追います。


旧飯石小学校の校庭にも、砂川にも被爆アオギリが植樹されています。アオギリが繋いでくれたご縁から、今後のドキュメンタリー製作がスタートしていくことに感謝しています。そして引き続き、映画「アオギリにたくして」日本全国・世界上映のロードムービー、歌と語りで伝える「いのちの音色」ライヴ行脚密着ドキュメンタリーも関係者の皆様のご協力により製作中です〜!


来年2017年、「アオギリにたくして」「かけはし」の日本全国・海外上映活動により一層力を注ぎながら、新たなドキュメンタリー製作に向けても全力で取り組んでいきたいと思っています。


来年は、これまで上映活動をずっと続けながら共にミューズの里の映画を支えてきてくださったプロデューサー・音楽監督・ギタリストの伊藤茂利と共に、初の監督作品に挑戦していきます〜!

皆様のご支援・ご協力をよろしくお願い申しあげます。


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posted by 中村里美のぷらっとハッピー日記 at 01:28| 東京 ☀| 映画『いのちの音色』シリーズ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年08月09日

2016年、大分県国東で迎えた8月6日。そして今日は、8月9日

2016年8月6日を大分県の国東で迎えました。


2008年8月6日、弊社ミューズの里を設立。その日の夜、初めての〜歌と語りで伝えるヒロシマ・ナガサキ〜「いのちの音色」ライヴを開催。


お世話になった被爆者の方々が、年々亡くなられていく中で、直接お話を伺った者として何かしなければという思いからスタートしたライブでした。


⚫︎歌と語りで伝えるヒロシマ・ナガサキ「いのちの音色」LIVE
➡︎ http://musevoice.com/peacelive/


あれから8年‥‥。


80歳を超える大川須美さんが、廃校になった学校の教室で近所の方々を集めて第二回目のライヴを翌年2009年に企画をしてくださったことがきっかけとなり、その後、日本全国LIVE行脚がスタートし、海外でもライヴをさせていただく機会をいただきました。


そして、この夏8月6日、215回目のライブを迎えました。



2013年夏、このライヴ行脚の中から一つ映画が生まれました。


ライヴ活動を応援してくださっていた被爆者の沼田鈴子さんが亡くなられた翌年、沼田さんの若き日をモデルとした映画「アオギリにたくして」の製作をスタートし、2013年夏に映画「アオギリにたくして」が完成。2016年のこの夏で映画完成から3年目を迎えます。


映画製作をスタートしてからの日々は、言葉にならない程、凄まじい日々でもありました。様々な限界を乗り越え、倒れずにここまで来ることが出来たのは、皆様のご支援・ご協力あってのことでした。改めて心より感謝申し上げます。


まだまだ大変な日々が続きますが、振り返る心の余裕が少しだけ出てきた今、今一度原点を見つめ、初心を忘れず、前に向かって歩んでいきたいと思います。



原爆投下から71年目を迎える2016年8月6日の朝。


昨年、広島市から送られた被爆アオギリ二世の植樹が行われた大分県国東の伊美小学校の子供たちと一緒に「アオギリにたくして」の合唱をさせていただきました。

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▲伊美小学校で合唱

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▲伊美小学校に育つ被爆アオギリ2世



伊美小学校での合唱の後、国見中学校での「いのちの音色」トーク&ライヴへ。
国見中学校の3年と2年生は、昨年すでに映画「アオギリにたくして」を観賞し、トーク&ライヴの前に行われた平和学習発表で「アオギリにたくして」について発表して下さっている姿に感動しました。


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▲国見中学校での「いのちの音色」ライブ




伊美小学校、国見中学校に伺わせていただいた後、夜は武蔵セントラルホールで〜歌と語りで伝えるヒロシマ・ナガサキ〜「いのちの音色」ライヴ講演が、大分県教職員組合国東支部様の主催により行われました〜♪♪ ライヴ講演前に、国東の合唱団「ソレイユ」の皆様と一緒に主題歌「アオギリにたくして」を歌わせていただけたことがとても嬉しかったです〜♪♪♪

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▲「いのちの音色」ライヴ講演の後、打ち上げにて。省治様からいただいた花束と一緒に記念撮影〜♪ 

別府から町田園子ちゃんがライヴ講演を聴きに来てくださり感激でした〜!そして、広島の柏原省治様が花束を届けてくださり、感激でした〜!!心より感謝申し上げます。省治様、ありがとうございました〜!!



また、「この子を残して」「長崎の鐘」等の著書としても知られる永井隆博士の母校である島根県雲南市の飯石小学校で昨年「アオギリにたくして」上映会を企画してくださった飯石交流センターの錦織斉子(なおこ)さんが、「いのちの音色」ライヴ会場に来てくださいました〜♪


永井博士の母校である飯石小学校の閉校式が、今年3月20日に行われご招待いただきました。平和学習に誇りをもって取り組んできた子供たちと先生方、地域の皆様の姿に大変感動し、閉校式を終えて、その日の夜につくった歌「平和を」を、錦織斉子事務局長も来てくださった会場でみんなで一緒に歌えて感激でした〜♪♪


めざせ!1000回ライブを応援してくださった今は亡き沼田鈴子さんをモデルに完成した映画「アオギリにたくして」と共に、これからもライヴ&上映共に心を込めて力を注いでいきたいと思います。


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この度の「いのちの音色」ライブを開催してくださった、大分県教職員組合国東支部の皆様に心より感謝申し上げます〜!




そして、今日は、8月9日。長崎に原爆が投下された日です。
東京にいったん戻り、今一度自分自身の心の平和を確かめ、黙祷し、祈りを捧げました。



先日行われた映画「アオギリにたくして」アメリカ上映では、長崎を訪れたというアメリカの方々にお会いしました。


ホームステイさせていただいたジョン&キャリーご夫妻は、何度も長崎を訪れ、9日間の断食をして、懺悔の祈りを捧げたと言います。


隠れキリシタンについて研究する中で、長崎の原爆について深く知り考えるようになったというアメリカの方々に何人かお会いしました。被爆マリアの存在や、被爆しながらも負傷者の救護に尽くした永井隆博士の存在を知り、広島だけでなく長崎にも原爆が投下された事実に驚き、ホロコーストである原爆について考えるきっかけになったと言います。



1945年8月9日広島に、8月9日長崎に原爆が投下され、その年の暮れまでに20万人以上の方々が犠牲となりました。30年前、私が初めて被爆者の方々にお会いした時は40万人近くいらした被爆者の方々の数は、17万2230人となり、被爆者の方々の平均年齢は80歳を超えています。


全身全霊で「いのちの大切さ」「平和の尊さ」を叫ばれ、「絶対に戦争はダメだよ」と言い続けてくださっていた方々が年々亡くなられ、戦後生まれの世代が8割を超えたと言われています。


経験がないために想像力が及ばず、歴史は繰り返すとよく言われますが、悪い形で繰り返される事のないように…。未来への責任を持つためにも、今一度ヒロシマ・ナガサキの被爆者・戦争体験者の声にしっかりと耳を傾けていくことの大切さを感じます。


人間に与えられた言葉や創造力が、争いや分裂・破壊・憎悪の連鎖を生み出すためではなく、絶望あるところに希望をもたらし、平和な世界をつくり、憎しみではなく愛の連鎖を広げ、心豊かでステキな未来をクリエイトしていくためにあることを願います。


人権のないところに平和はなく、平和でなければ人権を守れなくなっていく。人が人として幸せに暮らす上での基盤となる平和。その平和は、誰かが与えてくれるものではなく、私たち一人一人が平和を愛する心を大切にしながら、作り出していくものでもあります。

問題解決をする上で「いのちの尊厳」と「自然との共生」への視点を失ったならば、人類の未来も地球の未来もないとこまで来ています。


私たちに与えれた創造力が、素晴らしい未来をつくるためのものであるように、微力であっても自分たちに出来る平和への一歩を、日々歩んでいきたいと思います。


「世界中の誰にも、自分と同じ苦しみを二度とさせたくない」と、本当は忘れてしまいたい辛く苦しい体験を語り継いでくださった被爆者の方々のメッセージを世界に伝えていくために、これからもより一層力を注いでいきたいと思います。


No more Hiroshima! No more Nagasaki! No more Hibakusha! No more War!
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2016年03月26日

ドキュメンタリー映画『いのちの音色』シリーズ

ドキュメンタリー映画『いのちの音色』シリーズは、映画「アオギリにたくして」全国上映行脚の中で出会った平和の種を蒔く人々の姿と共に被爆アオギリ2世の植樹が日本全国、そして世界に広がる様子をドキュメントで追っています。

沼田鈴子さんとアオギリ3世と私.JPG
▲沼田鈴子さんと被爆アオギリ3世の苗と一緒に〜♪

映画『アオギリにたくして』のモデルとなった沼田鈴子さん。当初は、ドキュメンタリー映画を制作予定でしたが、3.11の後4ヶ月後に被災者の方々や福島原発の事を大変心配なされながら沼田さんは亡くなられました。

亡くなる1ヶ月前に最後にお会いした時、「死ぬのは簡単だけど、生きて伝えなければ」「元気になったら平和公園のアオギリの木の下で子供たちと一緒に「アオギリにたくして」を歌いましょう」とお話しされたのが最後となりました。

「アオギリにたくして」は、映画製作など考えてもいなかった頃、沼田さんの87歳の最後のお誕生日に捧げた歌でした。その後、2013年夏に劇映画として完成し、エンドロールと共に最後に主題歌として流れています。

現在撮影中のドキュメンタリー「いのちの音色」の第1部の中では、3.11の直後に広島に伺った際に同行取材してくださった石塚淳子さんがビデオに収めてくださった沼田さんが亡くなられる4ヶ月前の映像も描かれています。

また第二部では、長崎で被爆しながらも負傷者の救護に尽くされ、愛と平和を訴え続けた永井隆博士の母校だった島根県の雲南市立飯石小学校(旧)と地域の方々の平和教育への思いを追っています。

完成までには、まだしばらく時間がかかりますが、引き続き撮影を続け、アオギリにたくされた思いの広がりを追っていきたいと思っています。ドキュメンタリー映画『いのちの音色』はシリーズ化されていく予定です。

facebook頁「ドキュメンタリー映画『いのちの音色』シリーズがスタートしました。近く、HPもアップされます。

◎「ドキュメンタリー映画『いのちの音色』シリーズ
facebook頁→https://www.facebook.com/ドキュメンタリー映画いのちの音色シリーズ-1708653746076173/


皆様のご支援・ご協力をよろしくお願い申し上げます。
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