2019年04月20日

ステキな歌と演奏に笑いと学び🎵勝俣範之先生のメディカルライブ

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抗がん剤治療の第一人者としてご活躍中のシンガーソングライターの勝俣範之先生のメディカルライブに、ギタリストのしげ兄(伊藤茂利)もサポートギターで登場〜!


ステキな歌と演奏に笑いと学び!
癒されるひと時をありがとうございました〜🎵


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林章敏先生のミニ講演「生きるを支える緩和ケア」も素晴らしかったです。
早期からの緩和ケアが延命にもつながるとエビデンスが出ているそうです。


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2019年04月19日

がんと共に生きながら生涯現役でジャーナリスト魂を貫く北岡和義さん

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ジャーナリスト北岡和義さんの
「がんと共に生きる平和学」Vol.2が昨日開催されました。


今回は、ゲストとして、北岡さんの肝臓ガンを見つけてくださったお医者様である湘南東部総合病院院長の市田隆文先生と、静岡で環境と食のアドバイザーをされているライターの山口雅子様がご登壇くださいました。

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がんと共に生きながら生涯現役でジャーナリスト魂を貫かれている北岡和義さんの姿から、お話を聞いている我々が元気をいっぱいいただきました。がんになったことで、生き方を見直し、より自分の心が満足を得るクオリティーある生活を送るようになったと語る山口さんは、本当にキラキラ輝いていました。市田先生と北岡さんの楽しいトークライブをお聞きしながら、お医者様と患者との信頼関係の大切さと素晴らしさを感じました。

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福島のいわきからご来場くださった画家の峰 丘さんが福島の現状を伝えてくださいました。


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ギタリストの伊藤茂利さんと共に
ジャズスタンダードの後、
13年前、42歳の若さでがんで亡くなった
友人の川村裕子さんに捧げる「桜の花びら」を
歌わせていただきました。


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みさ姉さんが忙しい中、駆けつけてくださり、
今回も受付を手伝ってくださいました。
本当にありがとうございました。


次回もみんなで元気に楽しい会となりますように〜🎵
posted by 中村里美 ぷらっとハッピー日記 at 19:43| 東京 ☀| ぷらっとハッピー日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年03月29日

勝俣範之先生のメディカルライブ「明日も生きよう 希望をもって」🎵 ギタリストの伊藤茂利もサポートギターで出演します!

映画『アオギリにたくして』『かけはし』の製作・プロデューサーで音楽監督を務めるギタリストのしげ兄(伊藤茂利)さんの主治医をしてくださっている、抗がん剤治療の第一人者としてご活躍中の勝俣範之先生によるメディカルライブが、御茶ノ水クリスチャンセンター8階チャペルにて4月20日(2時半〜5時半)に開催されます。しげ兄さんも、サポートギターで出演します〜🎵


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日時:2019年4月20日 14:00開場/14:30〜17:30
場所:お茶の水クリスチャンセンター8階チャペル
参加費:1000円


◎Dr.かつまたLIVE
「明日も生きよう 希望をもって」

◎ミニ講演「生きるを支える緩和ケア」
講師:林章敏先生(聖路加国際病院緩和ケア科部長)



✨お申し込みは、大井公子様まで E-mail: kimiko@dr-nizard.jp
代表者の氏名、電話番号、人数を明記して上記メールへ

posted by 中村里美 ぷらっとハッピー日記 at 15:40| 東京 ☀| ぷらっとハッピー日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年03月24日

スマホが壊れてスミマセン(><)機種が古くて修理も出来ず…

こんなに忙しい時に、スマホが壊れてスミマセン(><)


修理に出そうと思ったら、もう機種が古すぎて修理が終了していると言われてショック(><)


私の場合は、ガラケイに戻った方がいいんじゃないかなぁ〜とかなり悩んだ末、受付の若くて可愛い女の子に励まされ、新しいスマホにしてもらったら、やっぱり進化しすぎていてさっぱりわからず、感度が良すぎて触るのも怖い感じ(><)。ため息、ため息‥‥パソコン持って歩くのも大変なので、困ったな(><)


それにしても、時代って変わっていくんだなぁ…って、スマホの使い方がわからずに駆け込むたびに思う。


昔の黒電話が思い出され、ポケベルが思い出され…。


あと100年後はどんな時代になってるんだろうって想像した時、それでも変わらずに伝えていきたいなって思える作品をつくっていきたいなって改めて思う。


posted by 中村里美 ぷらっとハッピー日記 at 14:44| 東京 ☀| ぷらっとハッピー日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年11月19日

「いのちの音色」ライブを応援してくださっていた火星雅範さんの詩集「ささぶね うかべたよ」を読みながら…

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「いのちの音色」ライブで大変お世話になり、その後もずっと私たちのライブや上映をあたたかく見守ってくださっている清瀬教会の小川滋子様が、10月初めに亡くなられた火星雅範さんの詩集「ささぶね うかべたよ」をプレゼントしてくださいました。


読み終えて、いろんな気持ちで心の中がいっぱいです。




幸せだった(詩・火星雅範)


それは ちょっとした光であったり
かげであったり
匂いであったり
風であったりする
  それらのものが 幼い日々を
  はこんでくるのです。


それは ヒガンバナであったり
ツユクサであったり
イヌフグリであったり
月や星であったりもする
  それらのものが 忘れた日々を
  はこんでくるのです



幸せなんて 知らなかった日々を






火星雅範さんと初めて出会ったのは、カトリック藤沢教会での「いのちの音色」ライブの時でした。2歳の時に脳性小児麻痺にかかり、重度の障がいを持っていた火星さんは、付き添いの方々と一緒に車椅子でライブに来てくださいました。


その後、ご自身の通われていた清瀬教会でも「いのちの音色」ライブをとご提案くださり2010年にライブをさせていただきました。その時にお届けした広島の被爆アオギリ2世は今、清瀬教会の皆様が見守ってくださり、大きく大きく育っています。



火星さんはその後、藤沢教会、清瀬教会に続き、幼い頃から長く住んでいたという鎌倉にある鎌倉の雪ノ下教会でも「いのちの音色」ライブを企画してくださいました。



火星さんの絵本を何度も読み返しながら、詩にたくされた思いを感じながら‥‥これまで、何も知らずにいた火星さんのお母様やお父様のことを知り、火星さんが何故「いのちの音色」ライブを応援してくださっていたのかをより深く感じました。



なぜもっと、いろんなことをお話しなかったかと‥‥悔やまれてなりません。


映画「アオギリにたくして」を上映したいとメール頂いたのが最後となりました…。




1944年、中国東北部に生まれた火星さん。
2歳の時に引き揚げる途中で高熱を出し、脳性マヒと診断され、
私がお会いした時は、車椅子での生活でした。

養護学校時代に、退屈しのぎに火星さんが書いたものを見て褒めてくださったことをきっかけに、書くことが好きになり、詩集や随筆をこれまで6冊書かれています。


送っていただいた最後のご著書となる絵本「ささぶね うかべたよ」の中にあったお母様のことを書かれた詩に涙あふれます。




母への挽歌

1946年 一月ふつか
早産の それでもやっと
一年と五ヶ月29日経った 幼な児を抱いて
涙の目で 夫に
「あとをよろしくたのみます」
訴えかけて 女がひとり
内戦中の 中国東北部に死んだ


男は 幼な児を 母からはなし
大陸の凍った土を 一日がかりで掘り
女を葬ると 小さな墓標を立て
そまつな供物を 供える


敗戦国日本の男にとって 精一杯の
それは 妻への心なのだ


幼な児は 墓の前で
供物をねだり 泣いていた





1946年1月2日

1945年8月15日
日本の敗戦によって 世界大戦が終結を迎える
と 同時に日本の属国・満州国の崩壊した中国東北部
日本人にとって 死は日常茶飯事だった


そんな中で 日本の若い女がひとり
一歳になったばかりの子供を抱いたまま
死んでいった


 死因・発疹チフスに急性肺炎の併発
 時刻・1946年1月2日 午前5時
 享年・30歳
ありふれた女の ありふれた死だったという


彼女の子供は 今
母の年を 超えた


(火星雅範詩集「ささぶね うかべたよ」ジュニアポエム双書232)より
詩・火星雅範(かせい まさのり 本名・小山雅範)




火星雅範さんのご冥福を心よりお祈り申し上げます。






posted by 中村里美 ぷらっとハッピー日記 at 09:39| 東京 ☁| ぷらっとハッピー日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年11月09日

砂川でのステキな再会〜🎵

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▲砂川平和ひろばの前にて。
ジャーナリストの前田哲男さん、高瀬毅さん、北岡和義さんと、ギタリストのしげ兄 & たからプロデューサー🎵


先日、砂川のイベントで、
皆様にお会いできてとっても嬉しかったです✨



ジャーナリストの前田哲男さん、高瀬毅さんに
砂川で再会できてとっても嬉しかったです〜✨



我々のライブを大学の授業でも取り上げてくださり、
映画「アオギリにたくして」を上映してくださっている
ジャーナリストの北岡和義さんは昨年、
肝臓がんを宣告された後、
克明にブログにその記録を綴っておられます。


抗がん剤治療を終えて、
お元気になられた北岡さんに
砂川で会えて、
本当に嬉しかったです〜!!


尊敬するジャーナリストの皆さんと一緒に
砂川平和ひろばを主宰する
福島京子さんの畑の作物でつくられた
おいしいおうどんをいただき、
幸せなひと時〜🎵


素敵な一日をありがとうございました。
皆様に心より感謝申し上げます。



※下記は、砂川闘争について、
Yahoo特集でジャーナリストの高瀬毅さんが
2年前にご執筆された記事です。
▶︎ https://news.yahoo.co.jp/feature/497

posted by 中村里美 ぷらっとハッピー日記 at 10:53| 東京 🌁| ぷらっとハッピー日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年11月07日

日本財団「海と日本のPROJECT」 in 秋田県 :「鳥海山にブナを植える会」須田和夫会長インタビューYouTube

リンクのYouTubeは、秋田県にかほ市で、
広島の被爆アオギリ2世植樹と
映画「アオギリにたくして」上映・ライブを
埼玉応援団の皆様と共に企画してくださった
「鳥海山にブナを植える会」会長の
須田和夫さんのインタビュー映像です。


日本財団 海と日本PROJECT in秋田県
須田和夫会長インタビューYouTube






なぜ、ブナを植樹するのか?


その答えを通して、
我々人間のあり方を
もう一度考えてみる
機会を与えていただきました。


須田会長との出会いに
改めて心より深く感謝申し上げます。

posted by 中村里美 ぷらっとハッピー日記 at 16:33| 東京 ☁| ぷらっとハッピー日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年10月23日

「アニソロイドQ」様よりミューズの里の支援募金をいただきました。心より感謝申し上げます〜!

ミューズの里の活動に賛同くださった
アニソロイドQの皆様が、
新宿PAPERAでの音楽イベントの
売り上げご寄付くださいました。



大変ありがとうございます。
心より感謝申し上げます。



音楽・映画・表現の場づくりを通して、
いのちの大切さを共に感じ合い、
心豊かな社会が広がっていくよう
ミューズの里スタッフ一同
これからも力を注いで参ります。
今後ともよろしくお願い申し上げます〜!



アニソロイドQは、
固定のVo.メンバーを持たず、
毎回新たなシンガー(QUEEN)と一緒に
アニソン・ライブを展開されています。


アニソンばかりでなく、
昭和歌謡やダンスチームとの
コラボレーションも実現しています。


サウンドシークエンスシステム出力による
疾走感のあるデジタル・ビートにのせて
歌いたい踊りたいと思った方は是非〜♪
年齢制限なし。小学生から還暦を過ぎた
玄人シンガーまでの参加実績。


アニソンロイドQ
お問合せE-mail: katana6659@outlook.jp
posted by 中村里美 ぷらっとハッピー日記 at 13:47| 東京 ☀| ぷらっとハッピー日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年10月10日

有言実行!できるかな?!


昔からどうも不器用で困ってしまう。



何をやっても、どれも全てが苦手なものばかりだけれど、せめて集中することで、なんとかクリアしながら生きている。



企画を練る時
実現に向けて動いている時
ものづくりをしている時
営業している時
撮影している時
編集している時
事務作業に追われる時
発信している時
上映の時
ライブの時
曲を作る時
詩を書く時
執筆する時



それぞれに使う神経が違うのか、自分の中の細胞を毎回入れ替えるぐらいの気持ちで切り替えないと、フリーズして動けなくなってしまう。そして、倒れては起き上がり、倒れたは起き上がり。



いろんな作業の中でも、一番いつも後回しになってしまうのが、執筆作業。数年前からの課題だが、いつもいつも後回し。がんばって集中しながら、あれこれ切り替えて動いても、なかなか篭って長く集中できる時間を日常の中から作り出すことは難しい。




でも、
ここはちょっと切り替えて、
有言実行!






今日から始めます。


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2018年10月04日

ジャーナリストの北岡和義氏「がんと共存 克明に記録」(静岡新聞)

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30年以上前、
アラスカまで取材に来てくださり、
30分のドキュメンタリー番組を2本製作してくださった
ジャーナリストの北岡和義さん。


当時は、ロサンゼルスで暮らす
日系人向けのテレビ番組の製作会社も
経営されていました。


約27年間の米国生活後、2016年まで日大国際関係学部特任教授をされていた北岡さんは、ご自身お授業の中で、歌と語りでヒロシマ・ナガサキを伝える「いのちの音色」ライブを企画してくださり、日大を退職される時には、映画「アオギリにたくして」上映会を学士会館で企画してくださり、その後もずっと応援してくださっています。



昨年、北岡さんから突然、
ステージ4の肝臓がんと診断されたとのご連絡をいただきました。



北岡さんは2017年12月9日より
ブログ「ガンと生きる〜北岡和義残命録〜」
を立ち上げ、がんと共に生きる自分の姿を
記録されています。


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▲静岡新聞「がんと共存、克明に記録」


北岡和義ブログ
➡︎ http://kitaokanet.main.jp



22歳で初めて北岡和義さんとお会いした時、
強さと優しさと正義に向かう迫力に圧倒され感動したあの日!
知識もなく、英語力もなく、ただただ思いだけで
ヒロシマ・ナガサキの被爆者のメッセージを伝えていた22歳の私を
とてもあたたかい目で見守ってくださいました。
「こんな大人がいるんだ〜!」とたくさんの勇気と希望をいただいたあの日を今も忘れません。


一年間、アラスカ・オレゴン・オハイオ・ニューヨーク・ネバダなどの学校や教会で、ヒロシマ・ナガサキの被爆者のメッセージを伝え原爆映画上映をした後、日本に帰国する前に北岡さんのご家庭にホームステイさせていただき、ご家族の皆様にも大変お世話になりました。



北岡さんの姿から、
たくさん学ばせていただき、
これからも学んでいきたいと思っています。




北岡さん、
近くまた、みんなで遊びに伺わせていただきます。


posted by 中村里美 ぷらっとハッピー日記 at 06:09| 東京 ☁| ぷらっとハッピー日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする