2019年12月19日

天に召された母へ 感謝の祈りと共に


大変だった日々を乗り越えて少し一段落し、通常業務を離れて執筆活動に入っていた中、母が亡くなった知らせを受けました。

人並みのことは何もできませんでしたが、いつかこの日が来ることを覚悟しながら、母の幸せを祈りながら生きた日々の中で、穏やかにこの日を受け入れることが出来ました。

昭和一桁生まれの母は、明治生まれで旧制福井中学校の校長先生をしていた祖父の元に次女として生まれ、思春期に終戦を迎えました。

「戦時中は、麻酔薬が兵隊さんのための貴重なもので手に入らず、盲腸になった母は、麻酔薬もなく手術を行い、その時握りしめていた担任の先生の指は数日間くっついたまま離れなかったんだよ」と、小さな頃によく聞かされました。

書道や茶道、和裁の先生をしていた母は、着物姿が多く、着れなくなった着物の布も大切にしながら、布団や座布団に再利用して、とにかく物を大切に使う人でした。我慢強く、質実剛健、人生を達観し、どんな時も決して人を悪く言わない、公平で差別のない無条件の愛を感じさせてくれる人でした。

父に稼ぎがないわけでは全くないのに、「お母さんはね、靴下一つだってお父さんのお金を使って買ったことがない」と自慢げによく私に語っていた母は、しかし、一度も父親の悪口を子供の前で言ったことのない人でした。「お父さんにはとってもいいところがある。自分の好きなことさえしていれば機嫌がいいから、好きにさせるのが一番」と語る4つ年上の姉さん女房でした。


2013年に初の映画製作を終え、不眠不休の日本全国上映活動の中で、母の介護が必要となっていることを知りました。

映画製作の借金返済に追われ、体力も気力もお金も全てが尽き果てそうな日々の中で、心休まることのない過酷で厳しい時でした。しかし、幼馴染で介護士の資格を持つスタッフの佐和子さんと、会社を共に支える同志でもある伊藤さんが、「どんな小さなことでもいいから、今、生きているうちに出来る限りのことをしないと、ずっと後悔が残るよ」と言って、協力を申し出てくれました。二人とも早くに親と別れた経験があり、自分たちの辛かった思いをさせまいと、一生懸命に支えてくれました。

人に迷惑かけてまで生きていたくないと死を覚悟し、食べ物を受け付けなくなっていた母の心に少しづつ寄り添いながら、今一番したいことを聞くと「もう一度自分で台所に立ちたい」と語りました。

外の風を少しでも入れる必要性を感じ、地方上映から戻るわずかな時間にスタッフと介護施設を回り、ようやく決まった介護方針に沿って、ケアマネージャーさんにご指導いただきながらの日々がスタートしました。

母の大好きな和菓子を持っていくと、美味しそうにぺろっと食べてくれた姿を見て、ケアマネージャーさんが「今ならまだ必ず自分で歩けるようになりますよ!」と帰り道に笑顔で勇気付けてくれました。もう一度母が自分の足で歩くことがスタッフみんなの目標となりました。母は徐々に回復し、トイレにも一人で行けるようになりました。

小銭をかき集めて、88才の母のお祝いを回転寿司屋でしてくれたみんなの優しさを、今も、そしてこれからも忘れません。

母の肺に水が溜まっていることがわかり、急いで大きな病院を探して向かいました。すでに心臓の血管がいつ切れていてもおかしくない状態にまでなっていると主治医の先生から説明を受け、その日のうちに入院して急遽手術を行っていただき、一命をとりとめました。

ケアする人のケアの重要性も感じ、運転免許のない私に代わって伊藤さんや佐和子さんが近くの温泉や外食に父をさそってくれました。わずかな時間があれば母の様子を見に何度も車を飛ばしてくれた伊藤さん、訪問介護で毎回状況報告してくれた佐和子さん。佐和子さんの前でポロポロと涙を流した母の気持ちをしっかりと受け止め、見守り、寄り添ってくれたことに心から感謝致します。

何一つ充分なことは出来ませんでしたが、母はどんなことでも嬉しそうに喜んでくれました。最後の2年半、わけあって私は母と会うことが出来ませんでしたが、母の死をこんなにも穏やに受け止めることが出来たのは、その時の私に出来た精一杯をみんなが支えてくれたからこそだと思います。心の中でお通夜とお葬式をし、天に召された母への感謝を祈りと共に捧げました。

私の体のことまで心配しながら、広島からずっと見守り、サポートし続けてくださったみっちゃんとみっちゃんダーリンに改めて心より深く感謝申し上げます。そして、ご心配くださりお世話になったすべての皆様に心より深く感謝申し上げます。

人生を生きる上で、誰もがその人にしか分からない悲しみや苦しみを抱えながら生きているのかもしれません。きっと母にもそんな思いもあったかもしれない。しかし、つねに自分に出来る全てを尽くし、いつも感謝と共に精一杯生きようとしていた母の姿を思い返す時、彼女は何一つ後悔のない自らの人生を全うし、自分自身を生きて、この世を去ったと思います。

穏やかな光に包まれた母の強さと慈しみ深い優しさを、いつまでも忘れません。

母が精一杯生きたように、
私も精一杯生きていこうと思います。

心の中に生き続ける母を感じながら、
限りある命の中で、
志を果たしていきたいと思います。

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posted by ぷらっとハッピー日記 at 16:00| 東京 ☁| 映画『アオギリにたくして』 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする